2009年1月14日水曜日

路傍の石   昭和52年(1977年)

古い資料を頂きました。
「路傍の石」

   サンケイリビング 昭和52年(1977年)7/29 277号



 民衆の歴史を秘める”文化財”

 資料集 「豊中の文化財道標編」

       「道標と西国街道」「近世池田における道標と街道」

       「箕面の道しるべ」


2009年1月13日火曜日

道標一覧  「門戸岡町」と 「昆陽寺山門前」の道標 確認

西国街道 2基の道標確認に急に出かける事になりました。
 一つは 171沿いにおいしいおそば屋さんがあることで探しに行きました。
 二回目です、内のカーナビは(うちの女房のことです) 前回 石橋付近を探していました、
猪名川を渡り、兵庫県へ それから長いこと長いこと走りました。
地図を渡してくれた別のカーナビもあてになりません、
見つからなかったら、「潰れていた」と言うつもりでした。
これまで探して、おいしくなかったらメチャクチャ言ってやろうと話していました。
そんなことを話ながら、171を神戸方面に大きく曲がる手前で見つけました。
もう無いなとあきらめていたのに。このまま、「ラーメンでも食べに行こう」と話していました。
この店です  石橋から 西宮 
うちのカーナビ(奥さんのこと)あてになりません。
「そば辰」です。

前座が長くなりました、道標の場所を下調べていなかったのですが
もう一つのカーナビでは 「門戸岡町」にセットしました。二基め「昆陽寺山門前」ですのですぐ見つけられると思っていました。
カーナビを頼りに行きましたが、地図を見ると
近くで、街道らしき「あー もしや」と思い、右に入りました。
もう一つのカーナビうちの奥さんのこと)が「旧西国街道の表示があったよ、」やっと役割を果たしました。
しばらく行くと「やくじんさん筋」を見つけました。
 文久二年の門戸岡町(厄神さんの道標)の道標   
左を指差し道標
  「是より門前まで西へ五丁 中山荒神 三田 有馬道」
  「すぐ京都、伊丹、池田道 左は参詣ちかみち」
その後、なるだけ 旧街道に沿って東に向けて走ります。
行き先は武庫川手前で171号線に会います。
 一方通行などで、途中で 171に出て、二基目の道標を目指します。
昆陽寺山門前
 お詣りし、鐘楼堂、.観音堂、行基堂、本堂大きな寺でした。
道標が見あたりません。 何処でしょうか?
これが道標 常夜灯
嘉永五年 「行基古跡西の宮通りぬけ道あり」

ホームページ記載の「道標一覧」に追加しました。
   

最古の道標 伊丹市

道標一覧に追加
 道標「昆陽寺山門前」を調べていたら 伊丹市で見つけました。
 上の表題(伊丹市 最古の道標)でヒットします。

「左 あまかさき・いたみ」「右 ひやうこ・にしのミや」
  市内北伊丹2丁目の旧西国街道と,池田・伊丹道の交差する三つ辻

 現在地は伊丹市立博物館     寛文九年です。

兵庫県で一番古いとされている道標
  「姥ケ茶屋(ばんがちゃや)の道標(寛文八年銘)」
 寛文8年銘は2基あったようだ、3番目になります。 

 寛文年間は年号も長いですが、「道標ブーム」であったようです。

 道標一覧に追加しました。

2009年1月11日日曜日

2009年1月4日日曜日

おおがき

船町道標  

 右 京 みち
 左 江戸道  
   美濃街道

 大垣市指定重要有形民俗文化財

2008年12月27日土曜日

豊中 二本松  原田神社との境界


豊中のガイドブックに掲載されていません。
 住居は不在のようです。

  北西の二本松、北東の二本松「2本松立石」

   

2008年12月16日火曜日

能勢街道 最終回  山下 ~ 清普寺 

 能勢電鉄 100周年記念事業

    能勢街道 Ⅰ・

 
 前川橋

 移動されたた道標 慶積寺参道

  火の見櫓  地蔵と碑




   野間の手前

 野間の大ケヤキ 天然記念物
資料館の中   能勢町の石造文化財

国指定天然記念物  野間の大けやき 
 樹齢1000年 幹回り14メートル、樹高 30メートル
 ケヤキとして全国で4番目 さて一番は 

  馬場さんのトーク

  ゴールまであと少し 

 田んぼの中 のあぜ道に祠  中には???

 野間神社
 地蔵が



  石造九重塔 府指定  丸山城入り口

  城下町 入り口2つ ???? 障子と格子??

 ゴール 清普寺 府指定史跡

 終了の受付と抽選  今回も1番違いで貰えず。

 能勢氏の菩提寺  歴代の城主


 丸山城跡 旧能勢居城 → 地廣城

  地廣 城跡

  ルートは調べていたが、道標については調べが不十分でした。
 ちょっと行ったところに道標が・・・・
  再度チャレンジ