2008年11月28日金曜日

石造宝篋院塔


石造宝篋院塔

       池田市 無二寺


貞和五年(1349)

南北朝時代

2008年11月27日木曜日

失われた道標 判明  豊中市・川西市

 11/26 判明 

 豊中市春日町2丁目北道標

 豊中市三国 こもゑ、すどふし 
  
   現在所 豊中市教育委員会 

   あっぱれ! あっぱれ   現存していました。

   5月に東丘小学校の資料室で 部屋の片隅にひっそりと横たわったいました。  

もう一つ  川西市に問い合わせ担当者から℡を頂きました。

 川西市多田 タバコ屋前の道標  

   現在所 多田神社境内  にあるとのこと。

   良かった。   近所の人にも このことを連絡せねばならないか!


   

2008年11月25日火曜日

石の文化財 豊能町


 「これら先人たちの残してくれた貴重な文化遺産を大切に守り、そこに秘められた思いを受け継ぎ後世に伝えていくことが、今に生きる私たちの勤めではないかと考えます。
 文中より  教育長  中殿 幸芳

 特徴の多尊石仏  余野十三仏

切畑西野多尊石仏


  錦山塚にも案内板が

道標は まだ見ない 妙見山に行った時の丁石
 吉川・妙見山の丁石

2008年11月24日月曜日

巡礼道 勝尾寺~中山寺

 巡礼道   マップは以前に作成していました。
 いくつものルートがありますが、 
 今回は 勝尾寺前のこの道標から始まります。


 入り口ですが これは箕面の滝を通るルートです。

 
 基本は 国宝丁石 2丁石を過ぎた
 この道標から  しらみ地蔵を行きます。
 右 大坂 中山
送信者 勝尾寺表参道


 急な坂道を降ります。 
    よく滑ります、雨後などは注意が必要

送信者 勝尾寺表参道

  巨大な地蔵さん 「しらみ地蔵」に
 ここは、十字路になり、 表参道、箕面滝
  そして 巡礼道 途中まで 大坂道と同じ
送信者 勝尾寺表参道

 間際らしい 案内です。 表参道と大阪道 どちらも 外院に降りる。
 表参道でなく 帰りの大阪道の外院を目指します。

 尾根に行くまでに 折れた道標 右 勝尾寺

  大阪道と中山の分岐 右中山  巡礼道です。

 ここまでは 前回の大阪道です。 
今回 ドライブウエイの道を滝に向かい、
 高山との分岐から尾根を目指しました。
 それが間違いでした。

 この尾根には道標はありませんでした。

 左にとります。  途中 こんなものをみつけました。

 展望のよいところはあいにくありません。



  ここまで降りると 展望が開け 千里中央のビルが見えます。

 墓の前の地蔵   別な場所にもありました。

 山麓線を横切り 下へ 山麓線とほぼ併行に西へ
  右 中山  左 勝尾寺 文化三寅年 を見つけ そのまま 右に

 田んぼのあぜに 道標が
 
 如意谷の地蔵郡  見ていると老夫婦が 「何をしらべているの」
 それから 約30分 しゃべり、手にしていた「箕面のみちしるべ」を見て
 「箕面の住民だから、わたしたちももっていなければいけないね」と話されていました。
(後日、箕面の資料館にいきますと、職員の方が「翌日 買いに来れてました。」ということです。)

 花の耐えない地蔵さんだそうです。

 途中 折れたみちしるべを見つけました。

 箕面から 西国街道に出る道しるべ
 すぐ 京道  すぐ みのた□
 
 桜通りを横切り 

 地蔵がたくさん集めてありました。 きれいに整頓されていました、

 
 資料館前の道標  右の道を一筋南下し 右に進む

 大阪青山大学の手前から 左にそれる
 新稲の道標  前回は 逆向きに行ったのでわからなかった。

 さらに 西へ 庚申塔があります。 
 

 さらに 西へ  池田への川を渡ると 右側に
 庚申塔と地蔵さん

 次に 東畑の道標
 左 佛日寺  右 中山

 この後、五月が丘小学校あたりに茶店があったらしい。
 次の辻を南下し、池田文庫の前を通り、能勢街道に合流する。
 
もう一つは、大広寺前まで行き、そこから南下する。

  一つの巡礼道 大広寺前道標 ここから南下する。
  
  坂の途中の地蔵  あとくねくねして下る。

送信者 池田 2008-10-12


 城下町の信号に出て その交差点の細い路地を南下する。すると
天保4年の道標に出会う

 道なりに西へ、南下し 能勢街道にでる。
 西光寺前で 能勢街道は右にと分かれて そのまま西へ

 うどん屋の横を通り抜け   猪名川の手前の道標
 
 
 巡礼橋(呉服橋)を渡り 川西へ そして 中山寺へ

 川西の中心に道標

 西国33カ所巡り 巡礼道
 23番札所応頂山勝尾寺から24番札所中山への巡礼道
 箕面市(勝尾寺)から 池田市 川西市ときた中山寺への巡礼道
 今回はここまで 

2008年11月22日土曜日

失われた道標 1基 11/26 現在所わかる

能勢街道で川西市の道標を調べると、前回通った多田近辺に5個の道標がわかりました。
早速でかけました。  
川西市の道標マップ

大きな地図で見る
能勢電 多田駅前

最初の道標 目標地点と大きく違いました。

川に下りること2回目 多田神社行く手前で川に降ります。
石垣にはめ込まれた 道標  多田にはこのような道標が他に1基あります。

左 満願寺

次は 多田の大橋を渡り 芋川を登るとすぐ

次道標は 地図を持って行きましたが 探すのに苦労しました。


平野神社まで来て  間違いに気づきました。 バックします。

戻って、しばらく、わき道、農道をくだりました。これです。
右 中山道

さらに下ると 地蔵が石垣の中に安置されていました。
この後、15件ほどの住宅地の裏手の道になり、川を下ります。

さらにくだり、国道に出て 本流に戻りました。

多田神社まで戻ります。
赤橋を渡り、国道に、川西市多田へ向かう 国道沿いに 常夜灯


この右側のタバコ屋さんに 黒い道標
左 満願寺があったのですが、現在は存在せず。
11/26 確認 川西市のオカノさん 現在 多田神社境内とのこと
         確認に一年経ちました、一度は探索にいったのですが。
寺の神主さんに聞きましたが分からず その時は見つけることが出来ませんでした。
川西市の郷土史家マルハシさんに連絡し、詳しく聞きました。
すると、ファックスで地図を送っていただきました。
2009年11月28日に確認しました。地図の通りありました。


淨徳寺裏手には 万願寺への案内板が立っていました。その道に沿っていくと
送信者 川西・多田

また 石垣に道標(2基目)
左 満願寺


元の国道に戻り、旧道を鼓ガ滝まで歩きました。
左には 国道が並走しています。


今回 多田地区にある 5基の内 1基消滅 という結果になりました。

      川西市

「左 満願寺」 道標 見つかる 川西市
川西市南部の道標 1~15  2008/1014
川西の古い道標めぐり(南部編) Ⅰ 2008/10/13
ナイチィンゲール:川西の道標  2008/10/12
話題 台風で流された多田神社の鳥居 2009/10/08
古い道標めぐり 川西市 中部道標   2009/10/05
街道 古道を歩く 川西市  2009/02/05
道標:見つけました。 川西市  判明  2008/10/05
失われた道標 1基 11/26 現在所わかる 2008/11/22

「左 満願寺」 道標 見つかる 2009年11月24日火曜日


追加 川西市の道標  2008/11/30
かわにしの文化財 13・14号 2008/11/18
川西市郷土館  2008/11/17