2015年11月12日木曜日

11月の例会ハイキング案内 

シニア自然大学校豊中支部例会・オープン参加OK
能勢街道シリーズ六回目
原田の繁栄を支えた九名井(原田井、水路)後半
    伊丹空港をぐるっと、着陸航路の真下の騒音がすごかったです。
    今回は 離陸時の様子を見学、箕面川と猪名川の合流点、原田井の源流
    最後は、伊丹空港が出来る前の立体模型

日 時 11月27日(金)9:00 阪急石橋西口改札口 宝塚を向いて左出口
                十三から急行で十二分
中止予定 前日の午後7時の時点で、降水確率40%以上では中止にします。
講 師 豊中の歴史を掘る会 会長 高市光男
持ち物 弁当は無、水筒、その他 午前中で終わります。
コース 石橋駅西口 → 豊中市水道ポンプ場 → 軍行橋 → 豊中市水道猪名川取
    水ポンプ場 → 池田市下水放流溝 → 原田井(九名井取水場) → 
    中村部落・旧跡(記念碑) → 桑津共同住宅 → 分水堰 → 
    伊丹スカイパーク → 岡町              約5キロ
申し込 事前に申し込み必用
連絡先 上村 和功   06-6170-6090 ファックス兼用・メールも可



 
前回のハイキング  能勢街道 十三界隈探索 10月30日

9月ハイキングは雨の為中止

飛行機には爆音 迫力がない  6月25日


能勢街道を巡る 5月28日(木)

春爛漫 サクラの服部緑地 4月2日         

「まちを育てた能勢街道」 市場で買い物    3月17日



次回の案内  12月7日(月)千里丘陵を歩く  担当 小寺さん、阿部さん

2015年11月10日火曜日

疑問の道標 長嶋神社横の堤防 追加11/13

追加訂正   2015/11/10  疑問の道標 未だ修正できず
          修正しました。11/25

長嶋住吉神社よこの堤防にある 道標
   お参りされています。

この道標 高川から移築した物 
写真を追加
送信者 2015-11-13
  

「(役行者像)大峯山上三十三度」 
右 かつをじ 左 みのをせ川」 

 嘉永六年(1853年) 世話人講中
 ■山講先立 長嶋村■治■

 旧設置場所の推定  今、問題の道標・参道案内 「天神様道」 が立っている辺りにあった物と考えられる。 明治の地図では、すぐに、堤防を降りる道があり、小曽根を通って「箕面・瀬川」に向かう。
 よって、その分岐に立っていたものと思われる。
 
 
 明治の地図では 高川の右岸に街道があるが、 

 同じような表示、「高川の道標」がある。下記に掲載
 
 



 豊 中 の 道 標  

高川の道標 

(南)馬頭観音像             
右 かつをうし         
左 箕面、池田、多田、中山

 

2015年11月9日月曜日

2015年11月8日日曜日

運賃 吹田から近鉄奈良駅

 同窓会の案内

        集合  近鉄奈良駅

  出発駅  所要時間   運賃 
 
① 南千里   1:29 1020円
         08:42発 谷町九・上本町 09:04発 近鉄奈良駅着 10:02  

② 桃山台   1:11  950円 
         08:52発 難波乗り換え 09:25発(急) 着 10:02
  
③ JR吹田   1:14  790円
         08:53発  大坂環状線乗り換え09:09発やや前に乗車 鶴橋発 09:31  10:02 

④ JR岸部   1:16   790円
         08:49発 大阪環状線乗り換え09:09発 やや前に乗車 鶴橋発 09:31 10:02着


2015年11月7日土曜日

ここは何処  11月3日 若沖






年に一度の御開帳
伊藤若冲





西福寺石造宝篋印塔基礎
開花蓮華、三莖蓮華を刻む

住吉神社同じようなものが

2015年11月5日木曜日

写真追加  建前地蔵 2009  

2009年10月17日

在りし日の吹田高浜神社前「たてまえ地蔵」
右側の道路は「吹田街道」
その後の行方???

写真追加 2023/01/15









2015年11月4日水曜日

垂水瀧 湧水  地層から見る 



 垂水の滝が枯れて久いい  
 地層は一般的に 積層になっているのが普通であるが、地球は常に動いている、エベレストで貝の化石が、地殻変動により、海底が隆起することもある。
 大阪層群は積層でその層の厚さは 2万年前から200万年以上の地層になる。その後の地殻変動で、大きく変わった。吹田地域の現在の地層は約一万年前に形成され、その後、海面の働き、吹田砂堆が形成される。 温暖化の影響で海面が約20メートル下がった現在の形態をなす。
 上町台地は 大阪層群が出来た後の地殻変動で隆起したものになり、全てではないが、生駒の麓から大阪湾の地層が一部遮断・途切れになったことになる。 よって、井戸水は上町台地の東側は、生駒及び旧河内湾からの泉水と考えられ、西側は 塩水が入った水になる。

 吹田の場合は 上の地層である。 大阪の地層が西国街道の大きな壁に乗りかかった地層になっている、 吹田の地層の露出箇所が万博公園と博物館前の2カ所で確認することが出来る。それに、佐竹台からゾウの化石が出てきている、等のことを考えて 上記の地層は的を得ている。 ですが、ここで一番大きな間違いは 水の流れの方向 が → となっていることである。

アズキ火山灰(約80万年前)とピンク火山灰 (約90万年前)は,いずれも,中部九州の猪 牟田(ししむら)カルデラを噴出源とする巨大な噴火の産 物である.


島熊山ー上新田ー八町池 ライン 
 http://www.kubota.co.jp/siryou/pr/urban/pdf/11/pdf/11_2_4_2.pdf


河内湾
 http://www.kubota.co.jp/siryou/pr/urban/pdf/11/pdf/11_2_4_1.pdf


地盤沈下
 昭和13年になりますと,地盤の沈下速度と地下 水位の変動とを同時に観測できる器械が和達清 夫さんによって考案されます.こうして昭和14 (1939)年,和達さんは広野卓蔵さんとの連名 で,これらの観測資料(図1・1)をもとにして, 「西大阪の地盤沈下は,人為的な地下水位低下 による表層の圧密加速現象が主原因」とする説 を発表します.これは,「地下水層中の水圧が 標準水圧より下がると,その上下にある粘土層 に含まれる水分が徐々に地下水層の方に絞られ てきて沈下がおこる」というもので,地盤沈下 のメカニズムをときあかす画期的な論文であり ました.