2014年7月5日土曜日

吹田市文化団体協議会

ある団体の会合の席で
アンコールワット拓本協会 クドウさんに会いました。
吹田市文化団体協議会 


パネルディスカッション

会の始まる前 バレイの披露

片山小学校の生徒の皆さん
ジャズダンス 
琴を弾いてみよう。 

今日の昼食 

松竹夏鈴 (吹田市立豊津中学校)



さて、クドウさんとは久しぶりです。 休憩のときに話に行きました。
東大阪市でアンコールワット拓本の展示会を開催された。  吹田では天井が低いので展示できない。  残念、知らなかったので見に行っていません。
来年、 国立民族博物館で展示会が開催されるそうです。
私のブログ、利用してください。毎日 100件以上のアクセスがありますので。

現在のところ、吹田の石造物の拓本をやろうとされていました。
私も 吹田の石造物をやっていますが、数が少ないことに気づいておられます。
まだ、どこかに眠っていないかな!
ということで、また連絡を取ることになりました。
データの共有です。 今後もよろしくお願いします。

さて、碑はこんなのがある。

「弘済院の碑」 竹田吾一作 

吹田の碑 木下直三郎  川端治郎


油掛け地蔵よこの石仏群の中に2基プラス1基
「江坂西西道標」

「なりあいへの道標」

「為万人の道標 」

「役行者の像」 

     

案内板 道案内

 
こんな案内板でいいのでは  草津市
説明版ですので、もう一つ、道案内の標識が欲しい。
旅人にやさしい 草津であってほしい。

「清浄寺」への道、入り口には 「清浄寺」・「梅川の墓」の道案内はない   
小寺の前の「梅川の墓」案内板
草津市観光ボランティアガイドさん 

道案内板 観光客にやさしい 高島はいろいろあったな

南草津から 矢橋をめざし パート1

遠い 草津宿 パート2

草津川      パート3

2014年7月4日金曜日

草津の石物

 ふれあいの場
明治29年琵琶湖の大水害 
水位 3.7メートルまで増水

その横に 
 滋賀県


 草津市矢橋町1434番

 婦人消防隊発祥の地 矢橋町

 基標
地下が表の倍以上深い

 滋賀県

 30


 ある家に

 石敢當いしがんとう



「山田あしうら道」「あなむら道」「蓮如上人御旧跡かねかもり」と刻まれており、
山田方面と芦浦・穴村・金森(守山市)から守山宿へ向かう道しるべです。






滋賀県で一番古い道標
今の追分の先代

草津宿脇本陣跡

現在の追分道標 
道路元標

横町の道標 ここで東海道は草津川を渡っていた。 
廃線にあるレンガ造りのマンボ



南草津から 矢橋をめざし 草津パート1
遠い 草津宿  草津パート2
草津川      草津パート3
草津の石物  草津パート4

草津よいとこ  草津パート5

2014年7月3日木曜日

草津よいとこ 一度はおいで

草津での出来事
 本陣を見学が終わり、玄関に雨です。
 私の靴を靴箱に入れてもらっていました。 ここには4月からとのこと
有難うございました。
 そこで、雨が上がるのを待ちますので、おしゃべり。
 先週来て、良かったので また来ました。 大きな陣屋です。すごい!と
 今日は 日曜日ですが、人はまばらです。
 多くの人が来るはずですが! まだ、黒田のほうがよいのか!
 世間に人気のあるテーマでないとだめなのでしょう。
 それでも、ゆっくり見学させてもらいました。

 12歳から学ぶ 「滋賀県の歴史」を進めました。 中学生用ですが
中学生にはちょっと難しいと思われるが、 興味がわくほんである。
大人の知識にも十分役立つ本です。
この本を勧めました。


 近江戦国の道

 近江中山道


 近江の庄屋屋敷と旧街道

 近江東海道を歩く


 古地図に描かれた草津

 西国巡礼の旅

本を買い求めました。 12歳から学ぶ 「滋賀県の歴史」

 銅鐸博物館
中学生が見つける 
 二上山の石が
石棺に 100キロ以上離れたところから どうやって運んだのでしょうか! 

 マンボ
旧逢坂山のトンネル(国の文化財) 大津市  
私のみ落としの点を網羅してあります。 他のサイト 一度見てください。

天井川 と人道  明治10年の大砂川トンネル(湖南市)現存する。
同じように天井川を鉄道が川底をくぐったのは近くにあります。
石屋川、住吉川、芦屋川も川底を通ったものであったと。
地図で見ると わかります。・・・・・・

 下には 明治11年完成 草津川トンネル 
 
初めてのトンネル 旧逢坂山トンネル1351.1メートル

つづいての一冊は
 近江東海道を歩く
ページ掲載に載っている写真の一部 


鈴鹿峠の手前に立つ「万人講常夜灯」

東海道と矢橋道の分岐に建つ「矢倉道標」
大津名産「うばがもちや」跡

新しい 明治19年 東海道と中山道の分岐
撮り忘れ  また行かねばなりません。 
建っている場所