2021年9月10日金曜日
ページ紹介Ⅱ
2021年9月7日火曜日
大阪史跡探訪(15) 大阪・京都の 名水
- 大阪史跡探訪(15)此花区・港区
六軒屋閘門
- 波徐山跡(港区弁天)
- 大阪鉄工所跡(此花区西九条)
- 八洲軒の跡(此花区春日出南)
- 汽車製造跡
- 大阪史跡探訪(14) 生野区 平野区
- つるはしの後、
- 平野郷樋尻口門跡、
- 平野の黄金の水,
- 大阪慈恵病院跡,
- 大阪史跡探訪(13) 西成区 阿倍野区
- 天下茶屋跡、
- 馬車鉄道跡,
- 佐藤魚丸墓所、
- 木津川口千本松跡
- 大阪史跡探訪(12)鶴見区
- お蔭灯籠 (放出東3丁目) 豊中市ある。「おかげ灯籠」天保2年 岡山村になっている。
- 中高野街道 (放出東1丁目)
- 徳庵納豆ゆかりの地 (徳庵2丁目)
- 茨田アヒルゆかりの地 (茨田大宮3丁目)
戦跡を巡る、大阪史跡探訪(11,10)
- 大坂の名水
- 京都の名水
- 源氏
- 堀川邸の名水「醒ヶ井(さめがい)」梨木神社
- 飲めないけど名水「縣井戸(あがたのいど)」
- 貴船神社
- 伏見七名水の一つ「石井の御香水」
- 清水寺の「音羽の滝」
- 「錦天満宮」の錦の水
- 菅原道真公の産湯になった!
2021年9月6日月曜日
36週 3波・4波・5波感染状況・全国・追加
9月8日(水曜):85人、9月7日(火曜):43人、9月6日(月曜):31人、9月5日(日曜):57人、
大阪・愛知の感染者数減少が少ない。
東京都・神奈川県・北海道は1ケ月前の水準に
2021年9月1日水曜日
訪問者数 8月 4,007件 年間合計集計 33,129件
9月3日 菅総理 次回総裁選に不参加
支持率 26%ではね
「自然破壊」と批判殺到。代々木公園で東京五輪関連会場建設へ、
2021年8月30日月曜日
35週 新規感染者数 3,004人 全国死者累計 16,004人.大阪府 2,786人
9月1日 大阪府 新患 3.004人 吹田市 129人 どうなっているの!
8月30日 死者累計 16,004人.大阪府 2,786人 東京都 2,478人 8/30集計
8月30日 空気を外に漏らさない「陰圧装置」厚木の病院
8月29日 常滑 野外音楽フェスで“密” “酒提供” 批判相次ぐ
このような営業をイベントと称し補助金3,000万円とはなんですか!
補助金の停止を
8月30日 死者 16,004人 経過
前回15,000人(7/15)一ケ月半(46日間)で1,000人増
大阪府の死者累計 2,786人 東京都 2,478人 8/30集計
エー大阪の方が死者が多い??? タレント業で忙しい!
パチンコ屋で感染か、医療体制の不備?
8月30日 直近1週間の人口10万人あたりの感染者数
東京都下がる逆に大阪府が2位にアップ。
自宅のパルスオキシメーターで血液中の酸素の値を測る
都内で入院先が見つかりました。救急車が到着してから3時間半後のことでした。
大阪府知事 感染拡大病床ひっ迫で大阪市に「野戦病院」整備へ
8/25 大阪府の自宅療養者1万6003人に 第4波のピーク超え最多
吹田市 9月1日(水曜):129人、8月31日(火曜):68人、8月30日(月曜):66人、8月29日(日曜):82人、8月28日(土曜):90人、8月27日(金曜):85人、8月26日(木曜):80人
2021年8月23日月曜日
相撲取塚 投稿あり 詳細 探索 江坂 関取の墓
9月1日 投稿を頂きました。
2021/2/23 05:30神戸新聞NEXT
兵庫県新温泉町内の踏切近くに、墓石のような形の石碑が立っている。町のホームページで調べると、江戸時代の飛鳥野勇七という力士を顕彰する「相撲取(すもうとり)塚」だと分かった。町内の相撲取塚は、浜坂を中心に約20カ所に点在するという。県内有数の相撲どころだけに石碑があっても不思議はないが、その役割は何なのか。そもそも、なぜ相撲が盛んになったのだろうか。脈々と受け継がれる“相撲熱”のルーツを探った。(末吉佳希)
2019年5月、同町浜坂相撲場(同町浜坂)。子どもたちの白熱したぶつかり合いに、地域住民らの声援が飛んだ。同町相撲連盟や美方青年会議所が、町などの協力を得て7年ぶりに復活させた「わんぱく相撲」が開かれ、美方郡内の児童ら約50人が参加した。
昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催できなかったが、関係者は「相撲は激しさの中に品がある地域の伝統。『相撲のまち』の熱が再燃すれば」と力を込める。
◇ ◇
浜坂町史によると、江戸時代中期に代表的な針金屋として栄えた「藤田屋」の初代、藤田丈七が因州(現在の鳥取県東部)の武術家に師事したことを機に体術が流行。丈七の四男で力士の飛鳥野勇七が、寺社の修繕などを目的とした興行相撲に江戸の力士たちを集めた記録が残る。
歴史文化に詳しい浜坂先人記念館「以命亭」の川夏晴夫さん(61)は「この時、本格的な技術指導もあり、地域に相撲が根付いたのでは」と推定する。
町史によると「相撲取塚」は、地域にゆかりのある力士を祭り、門弟らが江戸から大正にかけて浜坂地域の各地に建立した。郷土史家の岡部良一さん(73)=新温泉町=は「鳥取県にも多く見られる。麒麟獅子舞や傘踊りなど、鳥取の文化に影響を受けている地域の特徴を示す史跡」と話す。
浜坂地域で盛んな理由の一つに、漁師が航海の安全などのために奉納相撲を取った流れもあるとされる。かつては13基あったが、同町丹土出身の「岩石七之助」の塚は数十年前、巌山(がんざん)寺(同町飯野)に移設。近くの巌山(いわやま)神社では1歳前後の子どもが四股を踏んで健康を祈願する「稚児土俵入り」が続く。温泉地域には少なくとも7基の相撲取塚が建てられている。
多くが旧村の境や町外れに点在することから、岡部さんは「お地蔵さまのように、悪霊や疫病を防ぐ目的で建てられた可能性が高い」と推測する。
◇ ◇
大正時代以降、力士を招いた相撲大会や巡業が頻繁に開かれ、昭和になると大横綱双葉山や大関大内山らも来訪。練習会では住民に手ほどきした。
1980年代、美方青年会議所が子ども向けに開く「わんぱく相撲美方場所」が開幕。2000年代には「裸のまち」と銘打った町おこしの動きが見られた。地域の相撲連盟が町内の学校に簡易な土俵を整備し、子どもたちが相撲に親しんだ。
少子化や高齢化が深刻化すると、相撲行事の廃止が相次いだ。浜坂地域で唯一続いていた久谷八幡神社(同町久谷)の奉納相撲が2013年に休止し、境内の相撲場は老朽化で撤去された。地元の歴史に詳しい住民の岡坂峰雄さん(82)は「相撲を取る子どもが足りず、他地域からの参加も受け入れていたが、限界だった」と肩を落とす。
しかし、今年は「わんぱく相撲」の再開も期待される。地元の人たちは「相撲は失ってはいけない地域の伝統」と口をそろえる。“相撲のDNA”は、住民の中に息づいている。
■名門の誇り胸に稽古 8年ぶり、OBが角界へ
「相撲のまち」の風土の中、大相撲力士が多数輩出した浜坂中学校(新温泉町浜坂)の相撲部は県内有数の名門として歴史を刻むが、近年は部員数減少に悩まされている。かつては10人を超えていた部員は現在3人。監督として指導する松井博明さんは「浜坂の相撲文化の最前線。何としても守りたい」と力を込める。
校内の相撲場は老朽化したため、1992年からは地元の株本建設工業(新温泉町芦屋)が倉庫を改築した稽古場を提供。休日の稽古には同部OBが現役生のぶつかり稽古に胸を貸してきた。最盛期の90年代には全国総体に団体で3年連続出場したが、10年以上は全国の舞台が遠のいている。
今春は8年ぶりに同部OBが角界入りする。部員たちは「先輩の頑張りを追い風に、いつか全国の舞台へ」と稽古に汗を流す。
面白いですね! 一度行ってみてもよいですね。8月30日 投稿 ありがとうございます。
正面:大和川□次郎墓
清か?裏面:□□□□□
明治三十年十?月
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左面:なし
右面:榎坂門弟中

















