2015年9月30日水曜日

蓮 臺 野  ??? もう一つの石物  がんこ亭宝塚苑

京都で野がついている所は埋葬地と思っていい

墓地。火葬場。地名となっている所が多い。特に、京都市北区船岡山の西麓の地が有名

化野・蓮台野・鳥辺野・紫野・・・昔の葬送の地
京都には鳥部野(とりべの)・蓮台野(れんだいの)・化野(あだしの)等があります。 
鳥部野は今の
清水寺です。清水の舞台の下あたりと言われています。 
鳥辺野という地名について、死んだ人を木に吊し、その肉を鳥に喰らわせる「鳥葬」の地だった事から名付けられた。
延鎮上人がそれらの魂を供養しようと、宝亀9年(778)に“音羽の滝”近くに庵を結んだのが
清水寺の始まりです。 
その後奥州征伐に向かう途中の坂上田村麻呂が、水を求め立ち寄り(これが清水寺の名の由来)延鎮上人に帰依し、征伐の終わった延暦17年(798)に、京都に都が移るまで都であった長岡京の旧宸殿を移築したのが今の建物の前身です。

化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)



もう一つのがんこ亭宝塚苑の石物
正面  蓮 臺 野
右面   享禄己丑二年正月

享禄(きょうろく)は、大永の後、天文の前。1528年から1531年

江戸前の話  享 禄

蓮台野は京都市北区船岡山西麓(千本釈迦堂の付近)


もう一つの石物

2015年9月29日火曜日

古文書 検索レジメ を頂きました。一度チャレンジ 大阪市立大学学術情報総合センター

横関村・横関街道 関する資料検索

①大阪市立大学学術情報総合センターへアクセスする。
    http://libweb.media.osaka-cu.ac.jp/
②ツールバーの「電子コレクション」を選択
③-A 
    3番目の「近世資料室」:「日本経済史資料」画像データベースを選択
    →「閲覧」→「利用目的確認」→入力→enter
        →「キーワード検索」を選択
    →「淀川横関渡船記録」と入力
    →「詳細表示」選択
    →古文書の最初の画像が表示される

     *画像の閲覧だけです。

     *ほかの文書を探す場合は「バーチャル検索」を使ってみてください。
③-B    
    2番目の「近世史料古文書」:「近世大坂三郷・近郊古文書画像データベース」を選択する、
    djvuファイル閲覧用プラグインがダウンロードできます。
    その後、
    → enter
    → 簡易検索 「淀川横関渡船記録」と入力
    → ヒットした 1淀川横関渡船記録 をクリックする
    → http://dlisv03.media.osaka-u.ac.jp/infolib/user_contents/Jecoh/detail/09061.djvu      をクリックする。
    → 最初の画像が表示されます。

        *ツールバーのFDマーク 文書の保存 をクリックするとダウンロードできます。
     1枚単位、文書単位 両方選択できます。

    試してみてください。ほかにもいろいろな古文書原本が見れます。

宝塚市教育委員会からの回答 がんこ亭宝塚苑の石物

がんこ亭宝塚苑の庭先にある石造品についてですが、ブログの写真を
 確認したところ、石造の層塔と呼ばれるものだと思われます。
 層塔には木造や石造のものがあり、三重、五重、九重、十三重のもの
 などが造られています。これは、石造の三重の塔になります。
 また、道標についてですが、詳細についてはこちらでも
 把握できておりません。
 京方面と伏見方面の表示がなされていますので、京と伏見の分岐点に
 設置されていたものと思われ、宝塚周辺にあったものではなく、
 もっと京都に近い場所にあったものを移設したのではないかと思われます。
 このがんこ亭宝塚苑につきましては、元々、個人の邸宅であった場所を
 利用しておられます。庭園についてもその当時のものをほぼそのまま
 利用されておられ、設置されている石造品につきましても、その頃に
 所有者の方が集められたものだと聞いております。

 また、ご不明な点等ありましたら、ご連絡ください。

          
           宝塚市教育委員会 社会教育課
            TEL:0797-77-2029

*******************  がんこ亭宝塚苑での調査(?食事) 

      有難うございました。
 結果として
  経緯 旧在所は不明 レプリカかも不明とのことだと思います。


    がんこ亭からは、返事がない。 
    前回はの池田の場合は その日の内に 返事をもらったのだが・・・・

石橋で見つかった道標 早い返事「がんこ亭」をご覧ください。

2015年9月28日月曜日

歴史街道リレートーク 2015/9/26

西国街道  ~ 町・めぐり歩き ~


参加者 180名 応募者 240名
ラッキーしました。
西宮市役所東館8階大ホールで

向日市、大山崎町、島本町、高槻市、茨木市、吹田市、尼崎市、西宮市
講師の面々 各資料館・博物館の職員


吹田市立博物館 藤井裕之副館長

満員御礼の講演会 次の日はそうでもなかった。



2015年9月27日日曜日

日本のシンドラー

シンドラーはドイツ人実業家
 ポーランドの工場にナチス人労働力の提供を要請し、労働者の名簿を提出、雇用することで強制収容所に送られる運命にあった1200人の命を救った。
 映画「シンドラーのリスト」

吹田博物館展示物

淀川両岸一覧 安政3年 1856年
 大阪市立博物館蔵


吹田の渡し(摂津名所図会大阪市立博物館蔵)


細川高国・晴元 合戦
 国人領主(こくじんりょうしゅ)
 芥川・茨木・三宅・吹田・池田
 享禄4年1531 摂津国内を転戦し 天王寺で激突  高国は敗れ、尼崎で自害する。


浄土真宗
 宗祖 親鸞 
 存覚(ぞんかく)布教活動をを主に刀根山常楽寺  父は3世覚如かくにょ 親鸞の末娘 覚恵の長男  浄土真宗 本願寺成立後 覚如が定めた  、弟は従覚
 8世 蓮如  本願寺中興の祖
11世 顕如(けんにょ)

荘園 
 平安時代 東寺領垂水の庄、 醍醐寺末清住寺領吹田の庄、醍醐寺末宝塔院領吉志の庄、関白家領垂水東牧・西の牧
 鎌倉時代 興福寺  春日神社も領主
 蔵殿庄 七条院 から 西園寺家・・・・伝わる
 実相院領正木の庄
 室町時代  中島崇禅寺の所領

「絵図っておもしろい」 吹田博物館

10月3日(土曜)13時00分~13時50分開会式・展示解説
14時00分~15時30分

講演会「日本地図のあゆみ-行基図から伊能図まで-」
  講師/三好唯義氏(神戸市立小磯記念美術館)

会場/当館講座室
定員/先着120名

博物館へ行こう  秋はイベント色々


吹田博物館
会期/平成27年(2015年)10月3日(土曜)
      ~平成27年(2015年)11月29日(日曜)


開館時間/9時30分~17時15分
休館日/月曜日、祝日の翌日
    (ただし10月12日、11月23日は開館)



10月31日(土曜) 14時00分~15時30分

「絵図から読む江戸時代」
  講師/上杉和央氏(京都府立大学准教授)

11月14日(土曜) 14時00分~15時30分

「絵図から読む近代」
  講師/天野太郎氏(同志社女子大学教授)

10月10日(土曜) 14時00分~15時30分   終了しました。

「神崎川絵図から見た江戸幕府開発・治水政策の変化」


  講師/村田路人氏(大阪大学教授)

いずれも
会場/当館講座室
定員/先着120名