2011年12月7日水曜日

「図説 豊中空襲」 能登 宏之 著

能登 宏之 著  
元豊中市立第一中学校  で一緒に仕事をしました。
当時 高市光男先生、芳賀先生(故人)らが居られました。
後日当時の写真をアップします。
力作です。
第1回豊中空襲 昭和20年6月7日から
第6回豊中空襲 7月30日まで  死者 579名

定価 2500円 書店でお求めください。

講演案内   終了しました。  
2012年一月二二日(日) 13:30から
蛍池公民館 集会場
能登宏之 氏


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@訂正 
追加  

追加  2012/03/28
能登先生から手紙を頂きました。
このブログでの掲載お礼と訂正と  お土産 2品をいただきました。
本 「豊中の文化財 道標編 昭和50年 」と
cd 「豊中市環境資源データベース」が入っていました。
ありがとうございます。今後に活用させていただきます。




修正  2013/01/21
能登先生から手紙を頂きました。
お元気な様子です。
現在書店での本の販売は行っていないとのことです。
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追加 2012/01/11
取扱店
豊中駅前 エロレ3階 「すみれ書店」
岡町市役所通り 「豊文堂」
曽根駅前 「日進堂」
庄内駅前 「毛利書店」
イオンモール豊中緑丘 「大垣書店」
Maruzen&Junkudo 書店 「梅田店」


講演予定 
1月22日(日)  蛍池公民館  「豊中空襲」
3月10日(土)  箕面市立郷土資料館 「映像で尋お土産2品ねる北摂の文学散歩」
3月23日(金)  庄内公民館 「阪急電車郷土史散歩」 -豊中・曽根・庄内を訪ねる-

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訂正 追加  2012/03/28
能登先生から手紙を頂きました。
このブログでの掲載お礼と訂正と  お土産 2品をいただきました。
本 「豊中の文化財 道標編 昭和50年 」と
cd 「豊中市環境資源データベース」が入っていました。
ありがとうございます。今後に活用させていただきます。



北谷の井戸? 刀根山には何個もあるの!

以前に調査した 「北谷の井戸」  水を湛えていた。
 
弘法大師空海の「北谷の井戸」
あいにくの空模様ですが刀根山探索で 2基の井戸
「北谷の井戸」は モノレール「柴原駅」の北側 今回の探索は モノレールの南側です。
 
刀根山 高いのですが個人の所有地に「池」がありました。

「梅林寺」境内 左手前に井戸があります。

山門を入ると左側に、重厚な石のこの井戸は 水を湛えていました。
後日 住職に聞きましたが 「井戸の言い伝えはきいていない!。」との返事でした。
そして、裏道を歩くと 

マンションの裏に出ます。そしてその敷地内に井戸が

井戸があります。
職場近くですが、知らないことが多くあります。

梅林寺で気になる墓と石碑がありました。
  
野村家の墓・自然石「泊月」 と 泊月 とある。
「野村泊月」

ネットで調べると続・竹林の愚人さんが捉えていました。

次は 「刀根山御坊」


「在覚上人御旧跡」



すぐにモノレール柴原駅

尾根に地蔵と道標がある。
首なし地蔵道標と珍しい花立道標の2基がある。
その他の 豊中の道標

能勢街道はこの左の道を歩くのか?


向こうに見えるのが 中環・大阪大学豊中学舎
地蔵の前を南に下ると

高札場跡があります。
やはりこの前の道が「能勢街道か!」
北刀根山村 是ヨリ参拾間北
南刀根山会館境内の石物

2011年12月6日火曜日

前に一度行った 厄除立木観世音 道標



本堂です。

本堂の裏にある道標
右 いし山道 四十二丁 
左 うぢ ふしミ 道 
■■■ 六丁
奥の院 前回は階段で
今回は 参道を使いました。 二十丁

参道右側
参道左側  両脇に長石が


   

     

2011年12月1日木曜日

以前の水の流れない川に架かる「はし」

枚方で見つけていました。
アップします。
 
「ひらかたはし」

枚方橋


枚方の宿東見付跡(350m)

2011年11月30日水曜日

見つかった道標 上新田   3基目

下記の道標その後

      「墓地から移築された道標」平成31年3月1日 上新田自治会

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2009年3月25日発見
この状態で見つけなした。2年前になります。


この墓地は参拝人が多く、六地蔵にも花が飾ってあります。
道標は墓地の入り口にある六地蔵の後ろにあります。

 

これは、道標ではないかと思いました。
かわいい道標、下部欠損したは、セメントで固められていました。
正面(西面) 「南」 その下の文字は砂をかぶっていまして、
砂がかぶっているのはあとでわかったことです。
上の文字一字だけでした。 

 

南面 「左」
 

北面 「為」
最初に見たのは左側の写真です。
東側の「右」はこのときは見ていません。
道標の足下の白い物が被っていた砂です。

砂をかぶっていましたのでこれは違うかな!
単純にこの3文字「為」・「南」・「右」で判断することが難しい。
道標で一文字 「為」・「南」・「右」 判断が 
「右」は道標で使いますが、方向としての 「南」では見たことが有りません。 
ので、これは違うのではないか!という思い、
わからないこともあり、また、道標を移動、下部をいじったり変更などは行いませんので、
このままにして、「また来よう!」と思い、墓地を出ました。
しばらく行って、「待てよ、待てよ!、 今度いつ来れる!」「・・・・」
「いつ来るか!わからない!・・・それならば やってしまおう」
墓地に戻り、下部の部分をさわると、砂でした。
その結果現れたので、左側の写真であります。

それまで東面は見ていません。砂をどけて見ると、
「右 くま」 「わ・わ・わ」 道標ではないか!

そこで、東側の「右 くま」という文字です。「熊野田」が出ました。
勝尾寺街道ではこれも初めてです。
私が長年探し求めていたものです。豊中九中で最初の上新田の道標と出会い、
 ひょっとすると、この村であれば残っているのでは???? との思いがありました。
苦節あれから 10年が経ちました。 やはり残っていました。
「やったー!」です。大発見になりました。

「3基目」
 さらにさらに この道標の表記から 「為万人講」の方が立てられたものです。
同じ講の立てた道標が箕面市に2基存在します。  これで3基目

さらに続きがあります。
同じ講の人が立てた道標を吹田で見つけました。 その紹介は下記
「またもや発見  ここよ!ここよ!と呼んでいる。」   2011年8月17日水曜日
  「為万人講」が立てた道標がこれで 4基目になります。
「万人講 勝尾寺 西国街道 上新田 江坂」    2011年12月15日木曜日

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また 見つけました。 大発見 豊中市上新田   2009年3月26日木曜日

   案内板の設置 
案内板 Ⅲ  西宮     2011年1月30日日曜日
案内板 Ⅱ  色々     2011年1月27日木曜日
案内板色々          2011年1月13日木曜日


2011年11月16日水曜日

朝焼け11/15  記念に

朝早く 空が青くなっていました。  時間を追って撮影
これが、朝焼けの始まり
2011・11・15 
 



スモッグもなく、夜は冬の星座 オリオン座もきれいに見れます。
皆既月食も見れます。

前に一度 天気の良い日に 朝焼けが見れました。
朝焼けと言うよりか、「朝焼け前」と言ったほうがよい。