2010年1月13日水曜日

すいた歴史散歩


すいた歴史散歩
 2001年 3月 吹田郷土史研究会
下の 石造地蔵菩薩立像    南高浜町2


 上の写真の左下は道標で  「左片山ミち」  「右勝尾寺ミち」とある。
他の資料によると「北の口」にあった道標で現在蓮光寺境内の梵鐘の横に祭ってある。


石の声


石の声

   碑の語り    吹田市
     続セピア色の写真から



   鍋島 敏也

旧街道をあるく


きりえさんぽ吹田
旧街道をあるく
  セピア色の写真から


  1988年 吹田市市長公室広報課

吹田の歴史学習資料

  1979年。2001年

吹田の道しるべ

2010年1月9日土曜日

道 天竺川の道・疑問の道標


資料 「くまのだ今は昔」 曲直部末松著書
中に次のようなくだりがありました。
天竺川と使ったと言うことです。
「⑤ 南西部の長興寺や服部へは小学校前から天竺川沿いに竹藪や松林のなかを行く、この道だけは、坂のない、陽の当たらない、池の多い道であった。
8月25日服部天神社の夏祭りの出店に心惹かれて、この道を歩いた物である。」


  天竺川は街道として利用されていなかったのか!・・・・

 疑問の道標

「写真でみる 上新田」  五一会 以前の資料

追加 道標編  2021/09/26  
 12.道標のページの詳細 
 道標編 25 馬頭観音像を刻出したもの  掲載
       「馬頭観音像 右 か 〇〇〇」
    裏面 「   上 ○○〇」 と記載されている。

福西茂氏      2021/08/22
この説明によると 北口道標「右かちをし、左みのう」とあったらしい。???
なお、北口道標から東へ約500メートルのところにも道標があり
そこには「右みのお」という道標があった(現存しない)。
     
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豊中市  写真でみる 上新田」  五一会

昭和53年(1978) 五一会

12.道標のページ
この説明によると 北口道標「右かちをし、左みのう」とあったらしい。
なお、北口道標から東へ約500メートルのところにも道標があり
そこには「右みのお」という道標があった。



昭和53年(1976年) 案内の杭が立てられました。

この東口道標は元々 向こうに見える家の角に立っていた物
右 山田 いばらぎ
左 かちをじ

2010年1月6日水曜日

川尻の探索Ⅰ 紅葉のころ


以前の話になりますが、川尻の話を
豊能町は石仏が多い、説明板も揃っている。  「石の文化財」

 道標
正徳四年(1714)豊能町川尻 
を探しに










鳥居が半分  妙見山の鳥居か
箕面から余野川に降りる、脇道にそれはあった。

近所の人にも聞きましたが、  川尻の道標
正徳四年(1714)は見つからず。
能勢町教育委員会に問い合わせをしました。
 川の東側とのこと
再度探索  こちら