2009年7月9日木曜日

地蔵さん  ??????


左の2基の石物、後頭部が丸くえぐられています。

この石物は、座って、手を組んでいるようです。

ある話では、阿弥陀さまでこのところで傘を保持していた物で

古い阿弥陀様に見られます。

この後の調査で、笠をかぶっているのであれば 
「突起」のほうが安定する。

 傘をかぶせるのでなく、後ろが頭の前に出てくる。

 次に現在のように直立になっています。

墓で言いますと

 古い物は頭に四角の傘をかぶっていました。

 現代のようになったのは、江戸時代だと言われています。

もう一度写真を見てください。

 左から3番目は丸いくぼみが(溝)片方欠けた物です。
 2011年1月 追加しました  最初は「石仏の溝」としましたが、

地蔵に見られるので「地蔵の溝」に変更します。

 左から4番目は中央が平らで中央に突起が出ています。

  これは、墓と同じ頭に傘をかぶっていたのだと思います。
  追加 暗峠街道で見つけました。年代も古い

その他、ネットで探しましたが、出てきたのは阿弥陀様でなく、
地蔵さんで傘をかぶっています。  例 大変古い物です。


 ですが、これは突起で傘を支持しているようです。

実際には、私も見たことはありません。

 それと、阿弥陀さんがかぶっていた傘を探すのもおもしろいのではないでしょうか!

 

 

2009年7月6日月曜日

祇園祭

夏は「まつり」

ふるさとの心 祭
  地下鉄京都烏丸四条駅  

      記
この車輪は文政十五年より昭和五十四年まで
百五十年の長きにわたり長刀鉾に使用されてきた物であります。

2009年7月4日土曜日

豊中・大阪地域文化財分布図


豊中・大阪地域文化財分布図

新 豊中市史より

摂津国豊嶋郡小曽根郷絵図

摂津国豊嶋郡小曽根郷絵図

          文化8年(1811)

原図 367cm×169cm
「新修 豊中市史」通史編より


摂津国豊嶋郡原田村絵図

摂津国豊嶋郡原田村絵図
文政7年4月(1824)
  右端の能勢街道が「池田道」と表示

原図 60cm×85cm
「新修 豊中市史」通史編より

長興寺・曽根・岡山・福井四カ村池争論立会絵図

長興寺・曽根・岡山・福井四カ村池争論立会絵図
 寛政11年12月(1799)

原図 107cm×121cm
「新修 豊中市史」通史編より

桜井谷六カ村御小物成場絵図

桜井谷六カ村御小物成場絵図

明和3年8月(1766)
原図 139cm×128cm
「新修 豊中市史」通史編より