2015年10月29日木曜日

歴史と伝統のまち堺探索  まち組 調査

コース 阪堺電車御陵前 ⇒ 南宋寺 ⇒ 千利休跡 ⇒ さかい利晶の社 ⇒ 与謝野晶子生家跡  解散  

感想 街を歩く人にやさいい町第一の印象 お金を掛けています。
 



道標色々
  
     ①御陵前の案内板 ②①の裏 ③サイコロの目数で案内 
  
④辻の道しるべ ⑤てくてくろーど③も同じ⑥与謝野晶子と寛書簡
  
     ⑦昔の風景    ⑧旧町名碑 ⑨晶子の生家跡   
   
      ⑩晶子の詩   ⑪晶子の生家跡  ⑫旧町名碑
  
⑬大小路の説明版    ⑭ 晴明辻跡    ⑮路面電車前の案内板

       与謝野晶子生家跡
 千里利休屋敷跡
「さかい利晶社」

堺の古地図 「さかい利晶社」内の床

吹田市まち組 道標他作成調査一貫



「絵図っておもしろい」 吹田市立博物館


2015年10月26日月曜日

碑 大阪市 東横堀川に架かる橋

「本町橋」 大正二年


「大手橋」
「大手橋の碑」
「大手橋」
「平野橋」
 
水門のイラスト


高麗橋と平野橋の間にある「東横堀川水門」。
水門夜景はこちら

「高麗橋」 何回も撮っていますが 登場してもらいます。

さて碑ですが 「シティプラザおおさか」 前
「井原西鶴 文学碑」 横堀川の東側
この通りには 義侠  天野屋利兵衛之碑 がある。



博物館主催 現地見学会「吹田街道を歩く」 10/17

この日は 午前中は ゴミ拾い  遅れての参加

環濠集落の名残
少人数で和気あいあいと さらに、思いがけないことが
その①  園満寺で 涅槃仏を拝む機会に会いました。
この涅槃仏 顔だけが横を向いている 珍しいものでした。

その② 下記 泉殿宮での出来事 
泉殿宮 西の庄ダンジリ
宮司さんが出てこられ、山車を蔵を開けていただきました。
みんな ラッキーと喜んでいました。

  

  


吹田街道 出口付近


今はない、上の川跡


「絵図っておもしろい」 吹田博物館

一度博物館へお出でください。 

今まで見たこともない、巨大な絵図など 展示物がすごい


のパンフ 10冊 売りさばくのに手伝いました。

~ 11月29日
これは見応えあります。

慶長年間の「摂津の国の絵図」


2015年10月25日日曜日

門真・守口の探索  茨田堤跡  文禄の堤跡  淀川の歴史


 伝茨田堤  わが国最古の堤 
                    式内社   堤根神社境内から





もう一つの堤 「文禄の堤」 57番目の宿場 「守口宿」
 






「守居橋」
  





道標 「右 なら   
           のざき  みち



2015年10月24日土曜日

吹田の古道 New  佐井寺への道と「津門の中道」2024/08 もう一つの地図


追 加 2024/08/01 

   ① 佐井寺から上新田への道

   ② 「津門の中道」




上新田から佐井寺への道表示されている 地図②です。

他の本では 表示がありません。 地図①  


地図 ② 別の地図を見つけましたので捉える。 



吹田市都市整備部都市計画課編 「吹田市都市景観形成基本

計画」 1993 より

 「吹田市の歴史文化と西尾邸」 

 旧庄屋屋敷保存活用会 1996,1997,1999


以前の地図 地図①

「わがまち岸辺」より

  この地図は 川と池が描かれており、現在と比べるのに非常に有利で、小学生にも分かり

やすいのが特徴である。 利用させてもらっています。


観音信仰 佐井寺への道は 道標のある2点 小路道標、天道道標
 道標はないが他に上の地図で記載されている道が 千里山、片山、山田からの道がある

その① 前回の時 「片山からの参拝道はない。」という意見があったが、この地図からは信仰道として千里山からの道と共に書かれている。

秀吉の「中国からの大返し」? 吹田地域では記載はないが
 その② 「津門の中道」は、吹田を通っているという文言で 「津門の中道は一旦吹田に寄る」と主張し、何でも 片山へ抜ける道を知ってもらっていない。 この地図にはその片山を抜ける道が描かれている。 明治の地図でも 片山を通る道がえがかgれている。下の地図②にも描かれている 但し、津門の中道は当てはまらない。「津門の中道」

街道の原則は 
 「まっすぐな道」
 「障害物は避ける」  ことが前提ですので、その①、②については当てはまらない。
☆糸田川が神崎川に合流する手前で 糸田川を通る道・堤防・街道がある、その道は金田を通り吹田に至る。 それ以降 亀岡街道で茨木・春日で茨木と通り、富田で泊、翌日天王山へ


さて前項で挙げた 片山への信仰道 
その① これにも、千里山からの道と片山からの道が挙げてあり、信仰道の役割をはたしていたようです。 それ以外に 上新田からの信仰道が書いてあります。
 ズート昔になりますが、発表の時に 私も挙げさせてもらいました。上新田からの信仰道

佐井寺への道Ⅴ 信仰道 上新田ルート 2009年12月14日月曜日


上新田に佐井寺への道標があるので、新しい片山への信仰道と挙げました。
 この2枚目の地図では 上新田からの道が描かれていました。