2014年5月4日日曜日

別な用件で まちを歩くとありました。発見 穂積百日堰 



飛行機が低空で飛ぶ、飛行場の近くです。
5/3 ボランティアに出かけました、
いつものところですが これを見つけました。
まちを歩くと 新しい発見が 

いつもお世話になっている「市立青年の家いぶき」  豊嶋体育館

穂積百日堰


広池とは・・・???
豊中市穂積水利組合

百日堰は、市域西部利倉地区の「豊野南部排水路(現豊能南部排水幹線水路)」が整備された、昭和7~13年(1932~38)の間に設置されたと考えられます。堰には穂積地区の囲堤内側の農地へ入れるものと、外側の農地へ入れる2つの樋門が備わっていたそうです。穂積で余った水は島田などの南部に回される他、利倉にも戻されるしくみでした。
 市域の南部は、太古は海辺であったことが知られるとおり海抜が低く、絶えず天竺川・千里川・猪名川・大阪湾(神崎川)と四方の水位に影響されて水害・塩害を被ってきました。一方、稲作のためには大量に導水し、また下流の地区に迷惑が及ばないよう排水にも注意する必要がありました。
百日とは、堰の樋門を絶えず管理する必要があったこと、あるいは逆に、この施設の設置により水害旱害(かんがい)への対策に追われる日々が終わったことを象徴しているのかも知れません。

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