2014年3月3日月曜日

地蔵堂山科 東海道53次ウォーク 三条から追分 2  地蔵めぐり・地蔵盆







山科地蔵徳林庵

大きな地蔵さんが祀ってありました。
「京都七口」と「京都六地蔵めぐり」地蔵盆
伏見六地蔵(奈良街道) こちら
鳥羽地蔵(西国街道)
桂地蔵(丹波・山陰街道)
常磐地蔵(周山街道)
鞍馬口地蔵(鞍馬街道)
山科地蔵(東海道) 
これも面白いのではないですか!

古い石物ですが案内板はありませんでした。
人康(さねやす)親王と蝉丸の供養塔:琵琶法師の祖
琵琶法師らがここで御霊を慰めていたとのこと
なお、この辺りを「四の宮」とは人康親王が仁明天皇(五四代 平安初期)の
第四皇子から由来している。
かわいい地蔵さん 
道標みたい 南無地蔵菩薩
左は「人康親王御墓」
  
伏見六ぢぞう 元禄十六年りっぱです。道標ではありません。史跡案内です。
施主 沢村氏  先ほどの「五条の別れの道標」と同じ人か!
他の資料を調べていると 沢村道範と紹介されている。 こちら
 
「人康親王御墓」 大阪 「皇陵巡拝会」 大阪の人が建てています。
 
日通? 反対側は 
もう一つ忘れていました。 大坂・京都 飛脚組の碑があったが!
ここは、飛脚・運送にご利益があるのか!守り神か!

出た来ました 道路元表では
「従是西八間」 元標です。裏面には記載なし、右側に書いてあると思われる。

「小関越」道標 西国三十三番札所 14番 三井寺への道
  
之でした「定飛脚問屋 京都江戸大坂 三店 文政五年 
旧東海道マップ 国道一号線で分断された旧街道 
陸橋から振り返ります。写真ではわかりづらい。
防音壁の左側茶色屋根の右が道路

真中が一号線 左が湖西から敦賀へ 高速からの湖西線へ
案内が 旧三条街道(横木)




牛尾山の道標 あれ もう一つ道標があったはずだが 追分の道標は何処に!
もっと東のようだ

今日のゴール 山科
日本そろばん発祥の地・大津絵発祥の地
 

髭の梶本さん 私より一歳年上

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 これやこの 行くも帰るも 別れては
     知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関

           蝉丸(10番) 『後撰集』雑一・1089

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 追加  次回 5/18(日)③ 大津から草津まで
     ②回は 5/10(土)の予定が 他の予定が入り 取りやめ になりました。




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