2016年4月17日日曜日

明日は雷雨との予想 それでは・・・・ 今日(16日)出かけます。

今日は ここ 明日の天候は考えたら 今日が最後か!
桜は終わりました。

八重桜

桜に比べると 少ないが 多くの人がやってきました。







別な場所








吹田市立博物館でした。

博物館に行こう






福西茂の宝塚での活動 一覧

宝塚市(664点)の史跡などをスケッチし、宝塚の公民館等で展示された。
池田市での福西氏紹介文より

産経新聞 平成元年10月19日
顔写真入り
「池田市に水彩画を寄贈した福西さん」

五私鉄 リレーウォーク 2016

第1回 五私鉄 リレーウォーク 阪急電車 5/12 12km
  
      阪急電車          能勢電
南千里    →   川西能勢口   →  日生中央駅    1:00
       280円          310円           ¥590円
                      ≒216円(土日7枚つづり) 
      梅田⇔川西能勢口  270円≒193円(土日7枚つづり)
    
南千里驛   ←    川西能勢口駅   ←   妙見口駅
        280円             320円       ¥500円
                          

第2回 五私鉄 リレーウォーク   近鉄 6/12 15km
     阪急電車     地下鉄          近鉄
南千里   →  (天六)  →  谷町九丁目   →  近鉄奈良   1:23
      220円      240円         560円      ¥1020円
                              400円(土日割14枚つづり)

      阪急電車       JR       近鉄
南千里   →    梅田    →   鶴橋  → 近鉄奈良   1:34
       220円       180円     490円         ¥890円
                           350円(土日割14枚つづり)
JR
 岸部    →    京都     →    奈良            1:20
                                          ¥920円

第3回 五私鉄 リレーウォーク      阪神 9/25 14km     


         

2016年4月15日金曜日

宝塚市の文化財を掘おこす 「福西茂スケッチ画展」 in 小濵宿資料館

展示会場の作品 下の地図で場所を確認してください。
 展示作品一覧はこちら

作品分類 製作年月日     題      名       所  在  地
 H-36   S63/07/10  木接太夫彰徳碑         山本東2丁目
 
  G-63   S63/05/26     中山寺奥ノ院本堂        中山

 A-111 H01/04/28  普明寺参道       波豆

 E-8   H01/03/09   宝塚温泉碑        湯本町九



宝塚で663点
 福西茂スケッチ画数 

製作開始 昭和63年2月25日
~
終了 平成1年7月22日
寄贈 平成1年8月?
インターネット検索
    「福西 茂」
    「北摂の道標」
      by. 点と点


福西茂スケッチ総数   663点
小浜宿資料館 企画展
宝塚市のスケッチ画  地区別分類
番号 分 類 地区名抽出による。   題   名
1 A  1・2・3 波豆 125点 1.2は不明
2 B 1 売布 45点  
3 C 1・2 米谷 95点  
4 D 1・2 小濱 80点  
5 E 1 月見山、紅葉ケ丘、湯本町、梅野町、南口、中州 55点  
6 F 1・2 社町、仁川北 74点  
7 G 1.2 中山 100点  
8 H 1・2 山本台、山本東 89点  
9 合計   663点  














     

新聞記者の取材か! 記事なるかは判りません。
 経過 
 「宝塚:小濵の展示会」について、市役所に問い合わせるが、「良くわからない。」ということで、私に電話でした。
 小濵宿資料館から電話 「新聞記者がスケッチ画のことを知りたいとのことで、詳しいのは 私ですので、電話番号を教えてもいいですか!」 
 新聞記者からすぐに電話です。
 要領を得たのでしょうか!
 展示会を開催していることと、原画の行方不明の原画もある。
おもしろいストリーが幾つも描けると思いますがね・・・
このサイトを見ていただいている方々は判ると思います。 

30年ぶりに日の目を見たスケッチ画 文化財

別な場所での宣伝  宝塚市役所内
 八幡神社の御神水:波豆
丁字ケ滝:月見山
中山寺奥ノ院本堂
馬街道:小濱



文化財を掘り起こした、

これ迄の経過
豊中市の住民で合った、福西茂スケッチ画展の開催を計画しました。 今から 2年前にさかのぼります。
 その時は、福西茂氏の資料がありませんでした。
  豊中で「福西茂スケッチ画展」を開催するに当たり、新しい資料を探しました。
 市報で絵画展の日時の記載を調べました。 箕面市、池田市、川西市、宝塚市  そんな中
 池田市に資料の提供を依頼  すると 新しい資料・冊子が出てきました。 2014/01/10
さらに、展示会の開催の有無、記載の市の広報・箕面市、池田市 中に
 2014/11/05 池田市図書館で調べていたら、池田市の冊子が出てきました。 
 池田市から 新たな資料として、3種類 冊子がありました。 その冊子の中に 

 産経新聞 平成元年10月19日号 「阪急沿線の文化財などを描く」報道です。 
 他市町村でもスケッチ画を描き、其々の市町村に寄贈されたことが記載されておりました。 話は聞いていたのですが、記事になると現実味を帯ます。 その中に宝塚市もありました。 

その後、池田市では再度調査され、スケッチ画が図書館の書庫があることが分かりました。
ここまでには 池田市の「福西茂のスケッチ画」探しに2010年から 4年掛りました。 
私がしぶとく市役所を調査したおかげです。 
 最初は 池田の中央公民館で見付けてもらいました。
  池田市の史跡スケッチ集  2010年4月26日
 
 さて、実際に図書館で見せて貰う申し込みをしましたら、担当の方が「市教委と相談する。」との返事です。
 私が、4年間かけて、市教育委員会、資料館、公民館などに問い合わせをしたのが、分からなかったのですが
 今回、30年ぶりにようやく見つかったのです。 私が池田市の文化財を掘り起こしたと云う事になります。
 今まで、何の物やとも思われず、誰にもふれることなく、その存在すら忘れられていたものなのが、図書館の倉庫から見つかったのです。
 ところが、上記の様に、私の池田市に「見させてください。」と言うのに それまでは、何処にあるかもわからなかった福西スケッチ画ですが、見つかった途端、文化財としての対応でした。
 私が見つけるのにお手伝いしたのですが! まあ、経過も知らなかったので、しかたがないことです。
 
 池田市の福西茂のスケッチ画



さて、宝塚市に関しては、新聞報道を元に、宝塚市の図書館で展示会が開催されたかを調べました。 ドジョウはいないかと、前々々回の箕面市、前々回の池田市、前回の川西市と同様調査しました。宝塚市市報には出てきていません。
それは、2014年11月22日土曜日ことでした。
 帰る前に、新聞報道を元に、宝塚市立図書館職員に調べてもらいますが、福西茂氏の冊子はないようでした。

 そこで、あわよくば  何か出るかと ついでに 「福西茂」に関して、新聞の記事を見せて、「宝塚市にあるはずだ。」と聞きますと  「問合せの部署が今日は休みの為 後日連絡をいたします。」とのことでした。
それが 22日土曜日
連休明けの 11月25日火曜日 宝塚の図書館から電話
「福西さんの資料がある。との返事 ・・・「えー 」  能勢町、川西市、箕面市、東住吉区、平野区では見つかっていないので、


ビックリポンヤ!  仰天です。市役所が保管してあるそうです。 「ヤッター」 
「市役所に連絡ください。」  早速、市役所へ電話
「何個かあります。 別なところに 保管してあるので、いつ来られますか!」
見つかりましたね! 

「前任者に問い合わせたら、すぐにわかりました。」とのことでした。
良かった良かった。  
そして、今回 30年ぶりの展示の話になりました。 今後、この絵を市報に載せるなどの活用が期待されます。

 今回、文化財、資料として市に寄贈された物の 記録がなく・データ化がなされていないことを痛感しました。
もしわからなかったら、市報などに載せて この絵について、情報を得る方法もあります。

 宝塚市で初めて見た時


左 「馬街道」 小濵      右 小濱法城の大堀川 小濱

他の市でも、スケッチし下に解説を入れる表現方法は同じようです。 

豊中市での展示会 その① 「庄内・むかしの面影」 2015年7月3日(金)~ 9日(木)
豊中市での展示会 その② 昔の豊中  2014年12月5日(金)~11日(木)
 


行って来ました:小濵宿資料館 4/15

ここは以前に見学していますが  疑問が一つ
この道標です。

有馬から来た人のため
右 大坂   左 のみち
多かった道標  三つの出口に四コ
この道標は 小濵の有馬からの入り口「米谷」側に建っています。
どう見ても、この道が本流と思われるのだが
小濵の人は「川を下って、沢を渡る」とう。
その道は 大変狭いので、馬街道とはならないと思う。
また、和田家住宅の裏側を通る事もおかしい。


明治43年の地図  この道からの 繋がっていたと思われる。
追加訂正 2016/10/20  この橋は 明治8年にかけられたそうです。
    よって、明治の地図には描かれていることになる。     以前の調査 小濵



豊中在住であった福西茂氏のスケッチ画展  in 小濱宿・宝塚市



福西茂スケッチ画展
- 宝塚市の文化財をめぐる -
福西茂氏は大正10年(1921年)大阪市に生まれ、戦前から戦後にかけて大阪
市ないで小中学校の教諭をつて目ました。昭和57年(1982年)定年退職し、退職
後、健康のためサイクリングを始め、「ただ走るだけでは面白くない、何か記録を残そ
う」と訪問先をスケッチすることを思い立ち、まず市の資料などで文化財を調べて訪
問先を決定しました。                                      
 春から秋は早朝5時、冬は朝8時過ぎには愛妻弁当をもって家を出て、夕方6時
ごろスケッチ小旅行をし、一日平均4枚のスケッチを描いたそうです。雨の日も雪の
日も、ロープで自転車に傘を括り付けて出かけました。                  
また、体育・数学・社会など5教科の免状を持ち、税理士・行政書士など5種類の
国家試験を突破しました。北摂地域や大阪市内などを訪れ、ハガキ2枚大の画用
紙に名所・旧跡などを描いたほか、解説なども描き残しました。作品数は、3500点
近くに上がり、関係各市町村へ寄贈され、平成25年(2013年)6月に亡くなられまし
た。                                                 
 今回の展示では、郷土史家・川端道春氏の本を参考に、昭和63年から平成元
年ごろに600点余りのスケッチをされ、平成元年ごろに宝塚市へ寄贈されたものを展
示しています。約30年前の宝塚市の風景をご鑑賞いただき、宝塚市の魅力を発見
していただけましたら幸いでございます。                             
平成28年(2016年)4月  宝塚市教育委員会


展示会場 

展示会場の様子の写真ですが 

削除しました。


大きな写真の下に 福西茂のスケッチ画 が展示されていました。

スケッチの場所が分かるといいので 調べて後日アップします。4/24


  同じように表示されますが、その下に過去のものが表示されます。


帰り道 ブラブラ
 
道路元標  小濵村   石物①


 


中国道の下をくぐると「小濵の宿」

石 物 ②
 
宝暦三年二月の道標
宝塚市中筋山手4の道標 道標50 所在地:中筋山手4丁目 しだれ桜横

南面「すく中山寺道」  西面「左 ざい所道」

石 物 ③

梵字 十一面観世音  泉流寺   山本村 
明治三十二年
 
   御堂が二基  左 奥にあるのが「弘法大師像」を安置、 
右は  庚申塔の安置された御堂

 石物④
 
庚申塔 元禄十六年


「弘法大師像」

石物⑤

目立たない道標でした。 巡礼道の逆コースですのでね!
勝尾寺から来ると判るようになっている。
 
南面 左中山  是(より)   十一丁 西面 右いけ(た)
西面は 確認が取れなかった。
三角形の自然石

石物⑥

この道標はすぐに分かりました。 
振り向くと 石物⑤を見つけました。
  
北面 右さい所 左みの於    西面 (なし)
南面 左池田(□)    東面 施主大坂住吉

これは方向からして違う 


右を向いたら 見つけた石

東面 (梵字)キャ 中山寺道 右 中山 ミち
その他の面 (なし)

宝塚の道標は郷土史家古川さんがいます。 資料はあると思います。

宝塚の道標 pdf


歴史の道調査報告書集成 単行本 – 2006/8


2016年4月14日木曜日

宝塚市役所からの案内 「福西茂スケッチ画展」開催

豊中市在住であった 故人福西茂のスケッチ画が 
宝塚市で開催

宝塚市が展示会を開催
644点 


見つかった時の様子   2014/11/26


宝塚市からの案内状 


削除しました。


案内ポスター 

4月2日(土)~

「福西茂スケッチ画展」

小濵宿資料館 0797-81-3655

宝塚市教育委員会 社会教育課 0797-77-2029



福西氏スケッチ画展示会開催は豊中市に続いて2市目

次の展示会は 見つかっている 池田市、猪名川町に期待がかかる。


豊中で最近2回開催されている。

御案内「庄内・むかしの面影」 2015年 7月 3日(金)~ 9日(木)

展示会準備  昔の豊中  2014年12月5日(金)~11日(木)



宝塚編

2016年4月12日火曜日

十三 神津神社道標 案内板復帰   下三番の現在地 道標を建ててみました。

三つの道標の説明版が無くなっていたのですが、回復していました。




もう一つ 下三番


「下三番」道標の立っていた場所


中国道は 高麗橋から難波橋を渡り、
北野、梅田でここ中るに来る。
大淀警察の前の道を北へ 中国道と能勢街道の分岐はもう少し先
最初の信号 ここです。

右に「セブン−イレブン大阪豊崎3丁目店」
まっすぐ行くと JR貨物線が見え、「ののみち」=能勢街道
左に見えるタバコ屋さん 
中国道は タバコ屋さんの前の道を行く
十三 かんざき 中山道
 
セブンイレブンの前には「元 萩之橋」

左面に 「発起人 四名」
裏面に 「昭和十二年一月」建立


下三番の道標 見つけた経過 はこちら

赤い四角は道標が建っていたものと考えられる。
タバコ屋さんの前

街道を表す。
黄色が 能勢街道
手前が 天神さん、天満への道 
黒の矢印が 十三 神崎 中山への 中国道

十 (くわえる)


建ててしまいました。



赤い道路が 中国道
青い道路が この道標が建てられた 江戸時代 天保十三年(1842)「ののみち」 でした。 
私たちが云う 能勢街道 明治24年以降です。
現在使われている街道名は 

明治24年の「大阪府地理土木法規」 による。



神津神社

下三番道標