探索すると何か新しいことに遭遇する
この地蔵のいわれは!
この地蔵のいわれは!
川の源流の谷筋を探索していましたら
お地蔵さんに遭遇しました、
新しいと思われますが・・・・・
ちょっと違うようです。
台座に溝 これも珍しいですね!
この地蔵さん何処にあるのでしょうか!
一般の道・街道から外れていますので 何処からかもって来たのでしょうか
ちょっと分かりませんが、よほど通でなければわからないのではないですか!
この地蔵さんのことは、吹田の資料等では見たことがありません。
また、なんという地蔵ですか?
それにこの横の道が存在し、古道の名残のようです。
さらに探索します。
以前にもここに来たことがあるのですが、その時は
そこにいた人が「そちらは行き止まり。」といわれたので、
引き返しました。
*********************************** またもや問い合わせ
翌朝 山田在住の郷土史家に電話で問い合わせ
「先生、■■にある、この地蔵知りませんか!」
「■■に地蔵があるとは聞いていない!」資料にも載っていなかったしな!
「また、見に行きましょう」で話が終わります。ですが別件の話
「石公に橋があった、その親柱を探したいのだが!」
「私もだいぶん探しましたが、見つかりませんでした!。」
池田の「絹延橋」、 東淀川の「和合橋」、
まだ掲載していないが「大物橋」などは別な場所に保存している場合もある。
忘れられた橋
まだまだあるか 資料に掲載されていないもの!
この地蔵 「吹田こんなところ!新しい発見あり 」に追加しました。
追加。
旧 道
より大きな地図で 弘済院の地蔵 を表示
左から 「石公橋」 中央が「弘済院の地蔵」 右端が「濁池」
赤色の道が「石公橋」から「濁池」への道
黄色の端は左が「上新田村」 右は「山田村」
黄色が山田街道、水色が小野原街道、合流が山田三つ辻
赤と黄色の接点が「石公」、赤と水色の交点が「濁池」
この道は下の地図で ・・・・・・・で見ることができます。
明治18年の地図
黄色が山田街道 水色が小野原街道
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