2012年12月28日金曜日

情報が寄せられました。 三国で

珍しく稲垣さんから留守電がありました。
さっそく連絡すると 稲垣さん留守
翌日2度目の電話で捕まえることが出来ました。
「しっとるか!」 「久しぶりですね! お元気ですか!」と言う前にこれです。
いつもの調子の ぶっきらぼうな話が入りました。相変わらず 元気な様子 イイですね。
情報です。
「三国中学校の校庭によくわからないが 道標みたいだ! 学校は28日までやろ!」
「電話して行って見たら」
「ありがとうございます。今年は 仕事で忙しい。」
「そりゃ 大変だな 頑張りや」
これはこれはニュースです。 
稲垣さんからは色々情報が入ります。
淀川 右岸 東淀川区、淀川区、西淀川区の探索
 
「歴史散歩の記録」 の著者 稲垣泰平  2011年10月13日木曜日
いながきさんから  東淀川区の探索 Ⅴ 2011年12月22日木曜日
本庄の渡し Ⅰ  川口にあった道標  2011年6月16日木曜日
淀川右岸を散歩して2       2011年6月16日木曜日
まちづくりを考える会        2011年12月25日日曜日
探索予定 東淀川区東部 Ⅰ  2011年12月9日金曜日
「新高公園の道標」の報告書   2011年12月14日水曜日 

2012年12月27日木曜日

函道???? 

中央環状線が  千里川 を渡る堤防横になります。新大正橋
「桜町函道」がありました。 ???「函道」はじめてです。
 
万博が開催された年 私が大阪にでてきて、阪大に就職した年  

なんだ!「はこみちか」  
辞書より かん‐きょ【函渠】 横断面が四角形の地下水路。
 
 
 
 
 

2012年12月26日水曜日

戦前の面影 後世に  新聞記事より

花街 「堀江・新町」  画像資料
 
 飛田新地の遊郭建築群
  井上理津子 『さいごの色街 飛田(とびた)』 筑摩書房 2000円+税

2012年12月25日火曜日

桜井谷 千里川 橋 阪大豊中キャンパスから・・・まで

阪大キャンパスへ用事で出かけます。  その後 ムッシュマキノでケーキを買いに
赤坂下池はヨシが刈られていました。  豊中二中
この店の「とよなかロール」は一度食べてみたいです。


右側に祠があり 3体の地蔵が祭られていました。
長興寺南にある福枝講建立の1 で能勢街道と分岐した
千里川を渡り、箕面街道は右に取ります。ここは分岐点ですので 道標がありました。
通行の邪魔ということで 除去され、ある人の庭に長年ありましたが
10年ほど前 他人に渡す 所在不明  その道標は
福枝講建立の2 右 大阪、 右 みのを 勝尾寺  左 池田へ 
千里川を渡る橋を 「高橋」といいます。
千里川(桜井谷)の恵み

渡り鳥 カモと 左側にアオサギがいました、 この橋が「高橋」です
箕面街道 新免から 
 
再度撮影 12/25
これから しばらく千里川を上ります。 次の橋が 「どんど橋」

元の河は 現在の川より30メートルほど西側を流れていましたが 改修工事で現在のようになりました、 現在も元の「どんど橋」の親柱が残っています。

つぎが 「かみくらはし」  この橋をわたり 「ヒメ蛍の生息地へ」

画面の奥に見える青い看板が立っています。 整備されています。
さらに上流へ
「これやまばし」「是山橋」 千里川橋の探索はここまで
Googleマップで場所を表示しようとしましたが
何か月もマップが作れません。 
豊中を流れる川4  千里川の橋    

ケーキを買い 結局 千里中央まで歩きます。
途中で自然を見つけました。


寒桜

この池は「 梨谷下池」 ・・・・・ サギが

木の実なんというのでしょうか   もう一つ
豊中成田不動尊  ここでは 2つ

道標です。  
 

島熊山 豊中市の 青少年文化館と
婦人会館跡 
そして 島熊山の三角点があります。 
 

きれいに整備されています。結局 ここから二の切のラーメンを食べに行くことになりました、
「副将軍」 
 
 この道は中環をくぐることになります。 
くぐると 豊中九中と千里青雲高校(旧東豊中高校)の間の道に出ます。
 
副将軍  二の切
もう一つのラーメン屋さん 現在改装中か? 店は閉まっていました。

2012年12月24日月曜日

淡路から加賀文庫へ 踏切がなくなる 旧国鉄 追加

雨は止みましたがどんよりとした日です。
北千里線に添って歩きます。淡路方面 の写真
北千里方面 新幹線の高架が見えます。
「鳩が瀬」踏切 
黄色と黒の踏切の柵がなくなっています。「鳩が瀬」がなくなった。

反対側に残っていました。

高架工事でいずれなくなる踏切です。また地名がなくなる。

次の踏切 下新庄駅手前 新幹線の高架下「五田名北」踏切です。
この手前に「歴史を刻め」ラーメン屋があります。
先日の日曜日わざわざ出かけました。 休みです、
次は 

「下新庄」踏切 これが一般的な表示方法です。

下新庄駅写真   もう一つはこれです。明治時代の国鉄の名残1

 もう一つは 国鉄の名残 神崎川鉄橋の橋脚です。

 
神崎川を渡るとこの踏切
「支線神崎川北」踏切です。 今日はここまで
これから 加賀文庫に向かいます。 

まだ終わりません。 本の登録をしています。

 
 
 
きょうはこれで 一杯 奥飛騨です。

 追加 ******************************************************** 新情報
  私は、「道標」を調べています。その中で、失われる道標があり、ボランティア道標には庶民の思いがあり、、それを利用した旅人はその恩恵を受ける。その道標の歴史を形骸化しないようにしようと、調査ことを公表し、皆様に理解と歴史を知っていただき、さらに庶民の文化遺産として「道標」保存に役立とうと思っております。
 そんな中、踏切名には失われる町並み、昔の村名、昔の地名、昔の面影があります。道標を調べる内に 踏切にも同じような思いがあるとわかりました。鉄道のと道路との立体化により一層失われる物ではないか、
  いづれは忘れられ、消えていく踏切
  その踏切の歴史、踏切名を後世に伝えようと考えています。 ということで調査していますが

すでに「踏切名」を調査されている方がいます。 ご参考にしてください。
  ありがとうございます。 確認ができます。
   

   関西の踏切



2012年12月17日月曜日

ツバメのお宿  赤坂下池 その後  異変が そしてヨシが

11/08 水か抜かれ シラサギなどの野鳥が見られません。

もう少し水位を上げると野鳥が多くなるのでは
池の南側で工事が始まりました。
池の周りの石垣が壊され、池の面と同じ高さまで掘り下げられました。
今日の赤坂下池 12/17
 
池の南側で工事が行われています。シャベルカー2台

池の湖岸が大きく削り取られました。
来年の「ツバメのお宿は??? 大丈夫かな!」 
 
ヨシが全て刈られていました。 12/24日