2018年5月1日火曜日

東日本大震災で「古道は残った」

奥羽街道の例
東日本大震災 平成23年(2011年)3月11日
7.4km 海まで約6km

 
坂元宿・山下宿・亘理宿・岩沼宿・増田宿
江戸時代の街道は律令制度の開始から安全な街道を執ってきた。
その結果、江戸時代の

東北電力:女川原子力発電所・牡鹿半島の付け根
震源地から130km 震度6弱  567.5ガル
防波堤14mで海水の流入を阻止した。地震後 地盤が1m下がった
さらに3mかさ上げ 予定海抜 29mに工事中
地震では炉心は破壊されなかった。強い岩盤であった。また、
炉心を冷やす時間は 100度まで下げるのに10時間かかった。
地震後 見学者が殺到した。 株を上げました。

別なサイト

女川原子力発電所が助かった理由


東京電力:福島第一原子力発電所事故・仙台空港
大熊町震度6強の揺れとなり、最大加速度は設計値の約126パーセントの550ガルを記録、施設内外に多くの破損が起こった。炉心部が壊れメルトダウン
さらに、津波が寄せている。
仙台空港も陥没
地震で炉心部が壊れる・・・地盤が弱かったのか、強度なつくりになっていなかったか
これで、放射能被害になる。 その前例として
その① チェルノブイリ原子力発電所事故 ロシア 1986年 現在は・・・
ヘリコプターからカメラマン撮影時にフイルム 焼ける・・
熱なのか放射線なのか分からないが、テレビで映像を見た時はビックリ。

その② スリーマイル島原子力発電所事故 アメリカ 1979年 現在は・・・
既に30年たった現在の状況・・・・

想定外か! 津波の対策は取られていなかった。
 

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