楠木正成首塚
2009年2月5日木曜日
街道 古道を歩く 川西市
平成17年 文化財ハイキング
「古道を歩く」
川西市の資料
追加
川西の古い道標めぐり(南部編) Ⅰ 2008年10月13日月曜日
川西市南部の道標 1~15 2008年10月14日火曜日
池田から川西市へ 2008年11月14日金曜日
ナイチィンゲール:川西の道標 2008年10月12日日曜日
街道 古道を歩く 川西市 資料 2009年2月5日木曜日
古い道標めぐり 川西市 中部道標 2009年10月5日月曜日
追加 川西市の道標 2008年11月19日水曜日
失われた道標 現在所わかる 2008年11月22日土曜日
「左 満願寺」道標 見つかる 川西市 2009年11月24日火曜日
2009年1月21日水曜日
役行者 箕面市 御所市
街道筋の道標にいくつか 役行者表記がある。
役行者のゆかりの地 箕面市 御所市
祈の炎舞う

修験道の開祖・役行者(えんのぎようじゃ)ゆかりの吉祥草寺(きっしょうそうじ)(奈良県御所市)で14日夜、伝統行事「茅原(ちはら)の大とんど」があった。二つの大たいまつ(直径杓3㍍、高さ約6㍍、重さ約1㌦)から上がる炎が夜空を焦がし、参拝者が無病息災を祈った=写真。 大たいまつは住民らが竹などを組み上げて作った。この日はエジプト考古学者の吉村作治さんも見守り、「とんどの作り方は言葉で継承されてきた。これが文化の原点だ」と語った。
【宮闇俊樹、写真・貝塚太一】毎日新聞
役行者
役行者のゆかりの地 箕面市 御所市
祈の炎舞う

修験道の開祖・役行者(えんのぎようじゃ)ゆかりの吉祥草寺(きっしょうそうじ)(奈良県御所市)で14日夜、伝統行事「茅原(ちはら)の大とんど」があった。二つの大たいまつ(直径杓3㍍、高さ約6㍍、重さ約1㌦)から上がる炎が夜空を焦がし、参拝者が無病息災を祈った=写真。 大たいまつは住民らが竹などを組み上げて作った。この日はエジプト考古学者の吉村作治さんも見守り、「とんどの作り方は言葉で継承されてきた。これが文化の原点だ」と語った。
【宮闇俊樹、写真・貝塚太一】毎日新聞
役行者
2009年1月19日月曜日
2009年1月18日日曜日
2009年1月14日水曜日
路傍の石 昭和52年(1977年)
古い資料を頂きました。
「路傍の石」
サンケイリビング 昭和52年(1977年)7/29 277号
民衆の歴史を秘める”文化財”
資料集 「豊中の文化財道標編」
「道標と西国街道」「近世池田における道標と街道」
「箕面の道しるべ」
「路傍の石」
サンケイリビング 昭和52年(1977年)7/29 277号
民衆の歴史を秘める”文化財”
資料集 「豊中の文化財道標編」
「道標と西国街道」「近世池田における道標と街道」
「箕面の道しるべ」
2009年1月13日火曜日
道標一覧 「門戸岡町」と 「昆陽寺山門前」の道標 確認
西国街道 2基の道標確認に急に出かける事になりました。
一つは 171沿いにおいしいおそば屋さんがあることで探しに行きました。
二回目です、内のカーナビは(うちの女房のことです) 前回 石橋付近を探していました、
猪名川を渡り、兵庫県へ それから長いこと長いこと走りました。
地図を渡してくれた別のカーナビもあてになりません、
見つからなかったら、「潰れていた」と言うつもりでした。
これまで探して、おいしくなかったらメチャクチャ言ってやろうと話していました。
そんなことを話ながら、171を神戸方面に大きく曲がる手前で見つけました。
もう無いなとあきらめていたのに。このまま、「ラーメンでも食べに行こう」と話していました。
前座が長くなりました、道標の場所を下調べていなかったのですが
もう一つのカーナビでは 「門戸岡町」にセットしました。二基め「昆陽寺山門前」ですのですぐ見つけられると思っていました。
カーナビを頼りに行きましたが、地図を見ると
近くで、街道らしき「あー もしや」と思い、右に入りました。
もう一つのカーナビ(うちの奥さんのこと)が「旧西国街道の表示があったよ、」やっと役割を果たしました。
しばらく行くと「やくじんさん筋」を見つけました。
文久二年の門戸岡町(厄神さんの道標)の道標
左を指差し道標
「是より門前まで西へ五丁 中山荒神 三田 有馬道」
「すぐ京都、伊丹、池田道 左は参詣ちかみち」
その後、なるだけ 旧街道に沿って東に向けて走ります。
行き先は武庫川手前で171号線に会います。
一方通行などで、途中で 171に出て、二基目の道標を目指します。
昆陽寺山門前
お詣りし、鐘楼堂、.観音堂、行基堂、本堂大きな寺でした。
道標が見あたりません。 何処でしょうか?
これが道標 常夜灯
嘉永五年 「行基古跡西の宮通りぬけ道あり」
ホームページ記載の「道標一覧」に追加しました。
一つは 171沿いにおいしいおそば屋さんがあることで探しに行きました。
二回目です、内のカーナビは(うちの女房のことです) 前回 石橋付近を探していました、
猪名川を渡り、兵庫県へ それから長いこと長いこと走りました。
地図を渡してくれた別のカーナビもあてになりません、
見つからなかったら、「潰れていた」と言うつもりでした。
これまで探して、おいしくなかったらメチャクチャ言ってやろうと話していました。
そんなことを話ながら、171を神戸方面に大きく曲がる手前で見つけました。
もう無いなとあきらめていたのに。このまま、「ラーメンでも食べに行こう」と話していました。
この店です 石橋から 西宮
うちのカーナビ(奥さんのこと)あてになりません。
「そば辰」です。
前座が長くなりました、道標の場所を下調べていなかったのですが
もう一つのカーナビでは 「門戸岡町」にセットしました。二基め「昆陽寺山門前」ですのですぐ見つけられると思っていました。
カーナビを頼りに行きましたが、地図を見ると
近くで、街道らしき「あー もしや」と思い、右に入りました。
もう一つのカーナビ(うちの奥さんのこと)が「旧西国街道の表示があったよ、」やっと役割を果たしました。
しばらく行くと「やくじんさん筋」を見つけました。
文久二年の門戸岡町(厄神さんの道標)の道標
左を指差し道標
「是より門前まで西へ五丁 中山荒神 三田 有馬道」
「すぐ京都、伊丹、池田道 左は参詣ちかみち」
その後、なるだけ 旧街道に沿って東に向けて走ります。
行き先は武庫川手前で171号線に会います。
一方通行などで、途中で 171に出て、二基目の道標を目指します。
昆陽寺山門前
お詣りし、鐘楼堂、.観音堂、行基堂、本堂大きな寺でした。
道標が見あたりません。 何処でしょうか?
これが道標 常夜灯
嘉永五年 「行基古跡西の宮通りぬけ道あり」
ホームページ記載の「道標一覧」に追加しました。
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