2010年7月15日木曜日

吹田の道標調査

大雨・暴風雨警報が発令になり、今日の予定は中止
レポートを作成し、今日は車で出かける予定を立てました。
午前中にレポートを完成の予定が2時に、 それから出かけます。

調査2件
① 藤ヶ丘町の有るお宅にある道標
同じ人が建てた道標が箕面市と吹田市にあります。
願主 筑前国博多  六十六部善五郎

吹田の資料と箕面市の資料を印刷して訪問しました。
正確な住所は分かりませんので、お宅を探すことからです。

上手いこと道を選びましたので、10分ほどで見つけることが出来ました。
ところが 住人は不在でした。
連絡先と資料をポストに入れ帰宅。

② 春日町(旧下新田村)に有った道標 と
「表彰記念」(昭和十一年二月  青年会建立)

いつもお世話になります。山口酒店です。
いつものようにたばこ・飴を買って、
久しぶりの春日町です。
「何か情報がありませんか。」「・・・・・」 
収穫無し
キド ヘヤーサロンにより話を聞きます。こちらも同じでした。

今の状況を江坂の奥さんに連絡しなければなりません。

2010年7月14日水曜日

地蔵  いや 馬頭観音さま   

いつものように、祀ってある地蔵を覗くと
私は初めてです。珍しいです。馬頭観音
腕の組み方を確認していません。
JR今宮駅近くで見つけました。

2010年7月13日火曜日

今日は京都

京都 大宮から二条城まで歩きました。
祇園御供社(現在の地名中京区御供町
四条京極にあるのは「御旅所」
御供町は「又旅所」
立派な道標です。
二条城近くの石屋のよこにありました。
珍しいのは 「東西南北」で表示されていました。
東 祇園
南 伏見いなり
西 あらしやま
北 大徳寺
説明碑が有りませんでした。 
二条城
今年初めて聞きます。蝉が鳴いていました。
帰りは 四条まで歩きました。
四条で (西)左 京極近道
    (南)正面  安産京極  染殿地蔵尊
    (東)
  後に説明がなされていたが、気づかず
この反対側に 八坂神社の御旅所がある。
 八坂神社の御旅所

二条城の道標確認したくて京都の道標を調べました。
いしぶみデータがありました。一度ご覧下さい。
地図から探すことも出来ます。これはおもしろい。
さて、二条城横の道標の説明は有りませんでした。

西院巽町の道標はありました
私が撮った写真
[南] 右 あたごみち   
      むめミやみち
               すくこくう堂みち    西院村
       まつのをみち
    左 たんはみち

[東]  右上 さかみち





日本最初小学校柳池校
明治元年


2010年7月8日木曜日

案内板  史跡・文化財

大阪市中央区の歴史・文化財 マップ

地下鉄天満橋の駅で見つけました。

29カ所
② 帝国座跡  ③ 淀屋の屋敷跡  ⑥ 緒方洪庵  
⑫ 里程元標跡   ⑯ 八軒家船つき場跡

史跡・文化財 所在と歩くコースも書かれている。こんなのがいいですね!

 

2010年6月30日水曜日

ガイド研修2  豊能町

高代寺



本堂内


ご本尊


閻魔大王


木の実がなる大木です。「ムクロジ」

羽子板の羽の実です。


高代寺宝きょう印塔



本堂前の階段  その横にある石仏があります。


最後の丁石 12丁石


コウヤマキ  保護樹木


終わりの会

私の見つけて道標2基を豊能町・能勢町の人に質問しました。



 妙見口丁石   




2010年6月28日月曜日

大神様道? 天神様道!!! どちら

保護課にメールを送りました。 6/28

高川の堤防にある道標
とよなかの歴史・文化財ガイドブックの説明
「この道標に刻まれた「天神様道」・・・」
実物の写真で確認するとどう見ても 天でなく大である。
天神様であれば、服部天神で頷けるが、
大神とはここらでは、勝尾寺又は服部神社になる

ガイド研修会1

豊能地区 ガイド研修会
能勢町、豊能町、池田市、箕面市、豊中市



妙見口から高代寺へ  12丁石
途中 石物探索

1丁石 ???
普通丁石は後何丁で表示されるのが普通ですが ここのは逆です。
私も初めて
それも、ここは能勢電の妙見口のすぐそばです。気づきませんでした。

12丁石 慶安三年江戸初期(1650年)
1丁石は高代寺の石段の下にあります。 

火の見櫓があります。 今通っているのが能勢街道

能勢町の保護樹木

里山に ミツバチを飼っているグループがありました。

道標が有ります。

吉川・山下道
「左山下 右高台寺」花折街道が一の鳥居から吉川村に通じる明治38年までは重要な道であった。

ここの里山にはボランティアが活動し里山再生、筍掘りなどを行っているそうです。

六地蔵

今日の案内ガイド



あ伽井神泉  山頂近くですがわき水が今でも懇々とわき出ています。
空海 天徳四年(960)

頂上近く ここまでは手が入っていません。 竹害、管理しないと竹は蔓延ります。荒れ放題で

吉川高代寺五輪塔

ここにも墓地が  この山は石ころの多い山で、埋葬も穴を掘ることが出来ないので石を積むという方法を撮っていたそうです。
   続き ガイド研修会2へ