2010年2月10日水曜日
豊中を流れる川2 高川の橋 2014/07/06 寺内橋
高川
吹田市牛首池・春日池を源流となし 豊中市との境を南下する川
神崎川
吹田市春日町(下新田)
川に水門が
高川 途中より
寺内二丁目人道橋
新石橋
サボテン橋
真珠橋、
寺内橋
新宮橋
□□□橋(小橋)
若竹橋
新豊吹橋
吹田街道拡張工事の高川
稲荷橋
下流は名神高速
小芳橋
下高川橋
豊吹橋
豊吹小橋
(神崎川)
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追加 2012/03/07 豊中の川・橋 一覧
吹田市牛首池・春日池を源流となし 豊中市との境を南下する川
川に水門が
高川 途中より
寺内二丁目人道橋
高川 川上
新石橋
寺内橋
□□□橋(小橋)
若竹橋
(神崎川)
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追加 2012/03/07 豊中の川・橋 一覧
2010年2月8日月曜日
万博西口駅 陸橋 千里丘陵の昔 Ⅰ 展示 南千里駅すぐ
周りの人を誘ってください。
万博公園 自然文化園 自然観察学習館の写真より
「千里山の歴史・文化」 ・ 街並み案内
万博公園 自然文化園 自然観察学習館の写真より
建設の万博 施行前には北西に住宅あるようだ
「千里山の歴史・文化」 ・ 街並み案内
千里丘陵の昔 Ⅱ 展示 阪急南千里駅すぐ
新聞は見た! 千里の十大ニュース
万博当時 阪急電車「万博西口駅」があった。他のサイト
駅から万博西口へには橋で渡るのですが
それはそれは高い陸橋でした。 その写真を探しています。
他のサイトの写真を借用しました。
この陸橋ですが 右側の写真 青いのが 万博西口への陸橋です。
万博公園西口駅 北千里方面を見る。
吹田こんなところ! 新しい発見あり
2010年2月3日水曜日
街道 「江坂西西の道標」 最初のきっかっけ
またもや このページにアクセスが増えています。一週間で21件 読み直すと説明不足などあり、再度練り直します。 追加 2014/10/21
この掲載は 2010/2/3
この道標を最初に発見したのは 2009年の秋
吹田街道を服部から歩くと 新道の角に立っていました。 ここには 道標はなかったと思い 街道沿いにある江坂東、江坂西の道標の写真を収めました。
その後は、この道標のことを 博物館、町案内人に聞きますが、答えは得られませんでした。
そして、下記のような書き込みと、メールでの問い合わせがあり、「今は 分からない!」答えしか得られず、何日か経ち、それなら調べてみようと考えたのでした。
アップして 1っか月半たった3月下旬開始
調査 1 江坂西西道標の調査 2010/3/20
***************************
最近 「道標」へのアクセスが多いと思い、訪問者を調べると
あるブログに私のサイトのことが紹介されていました。
取り上げられているのは、見事な道標
十三のいま昔を歩こう 吹田街道をゆく3 江坂
「今津っ子さん 」が紹介していました。 掲載されたコメント
毎回楽しく読ませていただいています。
説明の立て札の無い道標の件ですが、最近、だれかの手でここに建てられたもののようです。
私も、予測もしていない所に未知の道標があったので驚きました。
あわてて勝尾寺街道はじめ、この地区の道標調査をしておられるサイトを見直してみると、既にこの道標に触れられていました。
http://www.eonet.ne.jp/fkyws889/miti_mituke.html
加賀真砂子さんは、まだお会いしたことは無いのですが、大阪府文化財愛護推進委員で吹田市内の道標に最も詳しい方と聞いています。
その加賀さんもまだそのいきさつを把握されていないようです。
文字の彫りも深く、記述内容も江戸時代に多いタイプですので、元々この付近にあった古い道標を、人知れず個人が所蔵していたのではないかと推測されます。
コメントに対する「新之介さん」返事
今津っ子さん
なるほど!
あたらしく設置されたものだったんですね。
いまでこそ南北に走る道路がありますが、
明治以前は田んぼの真ん中の一本道なので
不思議だと思っていました。
道標のサイトはいいですね。
とても参考になります。
最初のきっかっけ!
というわけで、そこからのアクセスが多くなったと思われます。
道標のページの最近のアクセス数は10月747 11月228 12月203 1月343 となっていました。
改めて確認すると 10月が多かったのです。 どこかに載っているのかな
このように紹介されるとアクセス数が多くなるのですね。
私の道標サイトには、ほとんどコメントが有りません。
この道標を掲載しているのが、
さて、その後 「新之介さん」には、コメントを投稿しました。そしたら、今津っ子さんから直接メールを頂きました。 それ以来 この道標について再調査することになりました。
1. 聞き取り調査
2. 資料調査
3. 吹田郷土史家、博物館に問い合わせ
4. 距離の測定
等を行いました。 その結果・・・・・
この項目 ページの最後の ラベル「江坂西西」をクリックしてください。お調べください。
今津っ子さんは、北摂の街道ユニークな調査を行っておられます。
http://imazukko.fau.jp/kaidou/
1年ほど前にこのサイトに「勝尾寺街道」に関してコメントを送りました。 それ以来のことです。
そして、「片山の道標」、「間道」についてお考えを伺いました。それから「能勢街道 庄内から岡町」講演案内を見て、「今津っ子さん」参加を希望されましたが、日程が合わずお知らせいたしましたところ、私に渡す資料があるから会いたいとのことでした。
私の日程を知らせると、翌日電話が有り、「今、近くに来ていますので今から行きます。近くで再度電話します。」
やっとお会いする事ができ、このときお名前、住所を聞くことが出来ました。
その後、長いこと話をして、資料を得ました。その時の様子
http://katuozi.blogspot.com/2010/01/blog-post_4824.html
「見つかった道標」
「津戸の中道」 京への道 間道 でした。
前後して吹田市の図書館で資料を見つけました。
「郷土の歩み」14 です。
http://katuozi.blogspot.com/2010/01/blog-post_25.html
最終報告
2010年11月14日 吹田郷土史コンクール 受賞
15 江坂西西道標
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この掲載は 2010/2/3
この道標を最初に発見したのは 2009年の秋
吹田街道を服部から歩くと 新道の角に立っていました。 ここには 道標はなかったと思い 街道沿いにある江坂東、江坂西の道標の写真を収めました。
その後は、この道標のことを 博物館、町案内人に聞きますが、答えは得られませんでした。
そして、下記のような書き込みと、メールでの問い合わせがあり、「今は 分からない!」答えしか得られず、何日か経ち、それなら調べてみようと考えたのでした。
アップして 1っか月半たった3月下旬開始
調査 1 江坂西西道標の調査 2010/3/20
調査 2 江坂西西道標 Ⅱ 2010/5/23
最近 「道標」へのアクセスが多いと思い、訪問者を調べると
あるブログに私のサイトのことが紹介されていました。
取り上げられているのは、見事な道標
「江坂西西の道標」のことです。
十三のいま昔を歩こう 吹田街道をゆく3 江坂
「今津っ子さん 」が紹介していました。 掲載されたコメント
毎回楽しく読ませていただいています。
説明の立て札の無い道標の件ですが、最近、だれかの手でここに建てられたもののようです。
私も、予測もしていない所に未知の道標があったので驚きました。
あわてて勝尾寺街道はじめ、この地区の道標調査をしておられるサイトを見直してみると、既にこの道標に触れられていました。
http://www.eonet.ne.jp/fkyws889/miti_mituke.html
加賀真砂子さんは、まだお会いしたことは無いのですが、大阪府文化財愛護推進委員で吹田市内の道標に最も詳しい方と聞いています。
その加賀さんもまだそのいきさつを把握されていないようです。
文字の彫りも深く、記述内容も江戸時代に多いタイプですので、元々この付近にあった古い道標を、人知れず個人が所蔵していたのではないかと推測されます。
コメントに対する「新之介さん」返事
今津っ子さん
なるほど!
あたらしく設置されたものだったんですね。
いまでこそ南北に走る道路がありますが、
明治以前は田んぼの真ん中の一本道なので
不思議だと思っていました。
道標のサイトはいいですね。
とても参考になります。
最初のきっかっけ!
というわけで、そこからのアクセスが多くなったと思われます。
道標のページの最近のアクセス数は10月747 11月228 12月203 1月343 となっていました。
改めて確認すると 10月が多かったのです。 どこかに載っているのかな
このように紹介されるとアクセス数が多くなるのですね。
私の道標サイトには、ほとんどコメントが有りません。
この道標を掲載しているのが、
さて、その後 「新之介さん」には、コメントを投稿しました。そしたら、今津っ子さんから直接メールを頂きました。 それ以来 この道標について再調査することになりました。
1. 聞き取り調査
2. 資料調査
3. 吹田郷土史家、博物館に問い合わせ
4. 距離の測定
等を行いました。 その結果・・・・・
この項目 ページの最後の ラベル「江坂西西」をクリックしてください。お調べください。
今津っ子さんは、北摂の街道ユニークな調査を行っておられます。
http://imazukko.fau.jp/kaidou/
1年ほど前にこのサイトに「勝尾寺街道」に関してコメントを送りました。 それ以来のことです。
そして、「片山の道標」、「間道」についてお考えを伺いました。それから「能勢街道 庄内から岡町」講演案内を見て、「今津っ子さん」参加を希望されましたが、日程が合わずお知らせいたしましたところ、私に渡す資料があるから会いたいとのことでした。
私の日程を知らせると、翌日電話が有り、「今、近くに来ていますので今から行きます。近くで再度電話します。」
やっとお会いする事ができ、このときお名前、住所を聞くことが出来ました。
その後、長いこと話をして、資料を得ました。その時の様子
http://katuozi.blogspot.com/2010/01/blog-post_4824.html
「見つかった道標」
熊野田ルートの計測 江坂西西の道標の考察
江坂西西道標 Ⅳ 三里距離「津戸の中道」 京への道 間道 でした。
前後して吹田市の図書館で資料を見つけました。
「郷土の歩み」14 です。
http://katuozi.blogspot.com/2010/01/blog-post_25.html
最終報告
2010年11月14日 吹田郷土史コンクール 受賞
15 江坂西西道標
****************
吹田こんなところ! 新しい発見あり
2010年2月2日火曜日
豊中市を流れる川1 天竺川の橋 長谷池・長谷橋 完結
チャレンジ 橋
豊中市を流れる天竺川は源を千里の上新田で熊野田南西で兎川と合流し、その後南下し三国で神崎川で終わる。
もう一つの源流 明治の地図を見ると「樫の木池」、「安場池」が源流となり、
上新田に到達するまで、色々な谷からなり、支流として湧水が存在すると考えられる。
千里中央からの谷は 千里の西の熊取山などからなる、谷になり、奥池などのように上新田の旧新田小学校下の「寄合橋」で天竺川に合流する。
一つの源流は こちら
わからないところもありますので コメント下さい。
熊野田 天竺川神崎川の合流点
今はない「熊野田」、自治会の名称として残っている
上新田新池・長谷池を源を発し 小曽根で神崎川に
千里中央 長谷池
天竺橋
西願寺はこの地域にはないが「名前は残っている。」
□□□橋
砂畑橋
三国で神崎川に流れ込む
次は 高川
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追加 2012/03/01 豊中の川・橋 一覧
天竺側の橋 http://katuozi.blogspot.com/2010/02/blog-post_02.html 2014/05/30 追加
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