最近 私のブログ「十三の新高公園道標の旧在所 確定」にアクセスが多くなっています。
そこに 質問が来ました。
” 新高公園の道標に関する考察を拝見しました。
今津っ子さんの考察をプリントして何度か読み返して、ほぼ正しそうに思いましたが
道標の位置から本庄の渡しまでの距離が3km以上にもなってしまいますので
その点にやや疑問が生じてくるようです。
そこでtenn-tenn は距離を基準に位置を特定しようと考えられたのでしょう。
そうなると、ここで1つ、道標と福泉寺との位置関係が問題になってくると思われます。
福泉山□□□ ← この文字を確認する方法はないのでしょうか?
道標に損傷を与えないように紙を当てた上から色の付いた平らなモノでこすってみるとか
できないのでしょうか。
未知の道標文字から重要なヒントが出てくることを期待しています。
そうですか! まだまだ説明不足です。
結論を先に 道標と福泉寺の関係は、 次のように考えます。
福泉寺と書かれていたから近くの公園に設置した。 放置された道標があり、その立ってた位置が不明であった可能性が高い。それを福泉山と見えるので、福泉寺に関係あるものとして、福泉寺に預けるのが普通ですが、福泉寺としても、何処に立っていたかが分からないので、境内に持ち込まれなかった。しかたなく関係のある寺の近くの公園に設置したものと思われます。
例えば この場所にある道標だから上の理論を当てはめることが可能ですが、同じ道標が全然違う場所に設置されていたとしたら、それは当てはまらくなります。 現在設置されている場所からの推測も必要ですが、基本になるのは表示のルールと街道です。今回は同じ方向での表示については「すぐ」が主で同じ面に「右」とあるのは途中で「右」へ行きなさいというルールです。そのことは十三神津神社にある、小嶋北口道標もそれで説明できますし、新高公園の道標も同じです。
道標は一般の人が利用するには、「すぐ」はすぐであるのが当然で、ここではこうだ、そこではそうだ と一般的でなくなります。
もう一つは、本来道標が伝いたいこと、石の、道標の記載文字から特定すべきだとおもいます。能勢街道に一部東西の道があるとは考えにくいですが、距離、東西の道を探して道標の立っていた位置を特定しました。まだまだミステリーがあるのではないですか!
福泉山■■■ は多分 方向が書いてないので行き先ではないと思い「福泉寺」だと思います。
文字の確認方法は レーザーで浮かび出す方法もありますが、高価でしょう。
一般的に 「拓本」に頼ります。
拓本の現場では、 見えにくい文字も浮かび上がります。
拓本は色々な方がやられていますが 「アンコールワット拓本協会」があります。
さて疑問が解決していません。 街道は遠回りはしません。最短距離を取るのが普通です。
また、道標は 一般の人が利用しますので、説明が必要な物は 道標になりにくいと思います。
ここの道標の場合はこうだ、ここではこうだ! などの説明が要るものではないものだと考えます。
ですから、道標の表示に対して、ルール・一般的・原理的なるものがあると考えます。
そのルールを提案します。
さて、道標はそれが立っている場所と距離に関係します。
もし、高麗橋東詰めに道標があったとするならば 江戸後期 中国道では
「すぐ あまがさき のせ」 となるのでしょうが!
十三の渡しでは 「すぐ あまがさき 右 のせ」と同列・同じ高さの表示になります。
もし、十三の渡しの手前では(分岐の無いところ)表示は同じですが、
「すぐ あまがさき のせ」
親切に表示するとチョッと違って 右・指表示 になるのではないでしょうか。
「すぐ あまがさき 右(☞) のせ」
(まっすぐ 進むと 尼崎 途中で 右に折れる能勢への分岐がある。 )
それが、現時点での新高公園の道標表示についての私の結論で、道標の表示に関するルールだと思います。
今回のような表示方法 「違う方向の地名を同じ方向で表示」に関しての例として
「小島村北口道標」が揚げられます。
それは
「右ハ小島村宮稲荷社、すぐハ十三、左りハ本庄道」(寛政2)
この道標は三叉路に立っていて、「右ハ」と「すぐ」は同じ方向にを指す。
この道標をどのように解釈するかです。 どちらを主と考える場合「すぐ」が先です。
「まっすぐ進むと十三の渡し 途中で右に小島村宮稲荷社があるよ!」
私も、最初この道標を 4差路に経っていたのではないかと思っていました。
この表示に関しても 他の資料で このような解釈をされていたと思います。
移動されたもので、旧在所が確定した事例は
1.新高公園の道標は 中島大水道をわたる、東西の橋の袂にあった
2.江坂の道標 は 旧在所 福知山市上天津の道標
3.上新田墓地の道標は 上新田西口の道標
4.江坂西西道標 は 下新田の失われた「下の立石」?
5.ミステリーの解明「門戸岡田町の道標」
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