正徳四年(1714)豊能町川尻
今日は車です。2回目前回は紅葉の時、川の反対側の川尻を捜しました。
豊能町に問い合わせると、川の東側の川尻でした。
さて、今日は「右久安寺」を探した後、豊能町へ 見つからず
新町へ戻る、探して、再び豊能町へ 見つからず、北摂信愛園の裏をさがす。
あきらめて帰ろうと思っていたが、手前に石がある角に来た。
先に見つかったのは力士「小車利助の碑」説明書を読んで
振り向くと 案内板が立っていた。
豊能町に問い合わせると、川の東側の川尻でした。
さて、今日は「右久安寺」を探した後、豊能町へ 見つからず
新町へ戻る、探して、再び豊能町へ 見つからず、北摂信愛園の裏をさがす。
あきらめて帰ろうと思っていたが、手前に石がある角に来た。
先に見つかったのは力士「小車利助の碑」説明書を読んで
振り向くと 案内板が立っていた。
「そうか! これだったか!」 埋もれていて 右、左 しか読み取れません。
次回、これを掘り起こします。
池田街道 道標
右ハかめやま 左ハさい志よ ミち
道標年表が一つ埋まりました。
これの向かいには、力士の碑が
小車利助の碑
だいぶ探しました。そのおかげで
「道標」を又見つけました「上止々呂美」。
文字は読み取りにくいく、小さい物ですが、道標の形をしています。
下止々呂美自治会館の近くですので箕面市に連絡します。
川尻の探索Ⅰ 紅葉のころ
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