2022年10月13日木曜日

豊能町余野の石仏調査(川尻地区) 石仏研究会 投稿  私の能勢

 谷あいの旧道沿いに沢山の石仏群が残る北摂地域     

                                 調査日:2022/9/25 

                                 檜田清治                                

北の谷摩崖仏(豊能町川尻小字北の谷)N34°55′2″39、E135°29′8″07

H:100㎝、幅:130㎝、厚み:3453㎝、22体仏と3基の五輪塔、天正8年庚辰月日 刻銘

石仏の案内標識

自然石 高さ:165㎝、舟形光背高さ:51

「くの字」姿勢の半肉彫り不動明王、「奉書為不動明王尊形一万躰供養也」「天正十六壬子(1588)六月廿三日」「奉権大僧都良円敬白」刻銘  

GPSデータ N34°55′0.36″、E135°29′1.71″)

上記隣の宝篋印塔は高さ100cm「享保九(1724)甲辰霜月吉祥日願主大岡氏敬白」の建立

「奉造立宝代一基安置宝篋印陀羅尼等皆人読誦過去現在未来諸帯所諗経典」銘

北の谷不動明王板碑の案内表示(2枚前の写真)

山の斜面を縫う様に走る府道4号線 茨木能勢線

まち歩き案内板

急峻な斜面に立派な邸宅が点在する集落群

真言宗 法輪寺の山門

法輪寺宝篋印塔三基「法輪姫塔」の説明を聞く

字グミノ尾に散在した石材を集積復元する。

中央(上記)は高さ1958cmで基礎から法輪まで花崗岩製、南北朝時代の作である。

金剛界四仏の種子陰刻薬研彫り、基礎は低く側面の帯郭内に特異な格狭間が三面あり、

曲線の張りが強く側線が三弧なるめずらしい形である。

道路下に存在する川尻北の谷 摩崖仏2体。苔むした斜面の大岩に二体の摩崖仏(高さ50cm)

左は不動明王、右は地蔵尊の立像。天文十七(1548)戌申年正月吉日智衆 恵春 の銘あり 

北の谷摩崖仏説明版(前ページ写真)

中の谷多尊石仏(豊能町川尻中の谷)N34°54′53.47″、E135°29′2.97″

中の谷他尊石仏の説明版 標高387m

左は来迎阿弥陀三尊、高さ約120cm。阿弥陀如来が両脇侍を従え往来する人々を

迎えに来る來迎三尊形式である。右片部に「為□□天正元(1573)年」

「八月十五日」の刻銘あり。

三尊の下段には三段に五体、六体、五体の計十六体の合掌座像

右は光明真言石塔 像の右側に「寛文十二(1672)年念仏同行」左に「二月十五日廿三人敬白」

中の谷旧道の三叉路に建立され、草の中には沢山の石仏部材が置かれている。

新道沿いに仏像製作の残念石か?巨石が横たわる 長さ約200cm

打越阿弥陀三尊石仏(花崗岩製 高さ:275cm、幅:約111cm、上部に傘の突起跡あり)

彫りが深く、中央に阿弥陀如来 高さ約71cm、約11cmの蓮華座に厚肉彫り、右下に約39cmの観音菩薩、左下には約40cmの勢至菩薩

川尻打越阿弥陀三尊仏の説明版

GPSデータ(N34°54′46.15″、E135°28′58.67″、標高396m)

打越阿弥陀三尊石仏のうしろに、石仏の傘石が置かれている(両方にホゾが残っている)


私の能勢 
  ① 能 勢 の 道 標   2013年12月21日土曜日
l   ② 能勢の案内板・看板  豊能町・能勢町    2013年12月17日火曜日
   ④ 探索Ⅱ  豊能町  2010年1月4日月曜日
         ⑤ 案内板 色々 2011年1月13日木曜日
   ⑥ 豊能町  2016年4月28日木曜日
   ⑦  川尻の探索Ⅰ    2010年1月6日水曜日
         ⑧  ガイド研修会1 2010年6月28日月曜日
     ⑨  ガイド研修2  豊能町 2010年6月30日水曜日
   ⑩  野間の道標  豊能町  2013年12月16日月曜日
          

           
   

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