2014年1月20日月曜日

今日は「大寒」 その⑥ 池田市で一番新しい道標 聞き取り 追加中

その⑥
 ***** 池田で一番新しい道標  畑 福西茂「池田の史跡」 
今日は思い切って この家を訪問しました。
この家です。 門構えがいいです。その家の前の巡礼道沿いに
福西氏が「池田で一番新しい道標」として紹介されています。
   西 日向 高原          日向:宮崎県  高原:たかはると読む、宮崎県高原町
   東 京  江戸           天孫降臨伝説の神話の古里 宮崎県出身者かな! 
    昭和五十二年 谷田耕造 建之
と紹介しました。

カメラ付きのインターホン  1回目は返事がありません。
そうです、頭はぼさぼさの防寒具姿の老人、ですが、今日はあきらめません。
3回目にようやく返事がありました。耕造さん夫妻はすでに亡くなられており、長男のお嫁さんが出てこられました。
表示に日向・高原とありますが、宮崎県の方でしょうか!と表示のわけを聞きました。
宮崎出身ではありませんでした。訂正します。
 建立の耕造さんが戦時中兵士として「宮崎県高原町」に駐屯していらっしゃった時期があり、その時の思い、良い思い出がたくさんあり、それ以来、宮崎・高原  宮崎をこよなく愛されたそうで、終戦後も、年に2~3回は宮崎・九州の7日~10日の旅をなされたそうです。
その間、交流をし、知り合いにもなった方(フクモトサン)、宮崎の方が来阪の折には、この家に宿泊されれたこともあるそうです。そんな中、私としては雲の上の存在、宮崎県においてはこの人を避けることはできません。そんな宮崎交通の「岩切正太郎」氏とも会うこともあり、正太郎の色紙ものことっているいることです。
 ということで 耕造さんの熱い思いを道標にたくしたのではないでしょうか。

 若奥さんも、高原 たかはると読んでいただいたということで、話も弾みました。
有難うございます。
 話の中で 現在の住まいは、時代に合わせて改築されているということですが、かまどなどはいまだにのこっているようです。
また玄関のこの門もすごいですね、 時代は江戸中期と思えます。
池田の「人と自然会」の人が、「ほたる」・自然探索などを行っているグループがあり、毎年、ツバメの巣作りの時にはおと連れるなど、また、箕面のカジヤマケ 現在はないが、大きなお屋敷があり、現在資料館にその家のレプリカが展示されているとか・・・・
 話に夢中になり、家の写真がありません、ツバメの巣も、台所のかまども、天井も・・・・ 
ということです。 昼近くでしたので、今日は弁当がありません、残り物もありますので、帰宅して昼食を考えています。
 その後、最後の道標 付属小学校校庭にある道標の写真をと思い、今は 思い切ってガードマンに見学の要請しました。「今日は 小学校は休みです。誰もいませんのでまたのお越しを・・・」
ということで、今日の調査は終わります。
 と引返すのですが これです なんですか!

滋賀県高島 中江藤樹邸で説明された物と同じではないか!
なんに使われたのでしょうか それはわかりません。

  でも、収穫収穫


その後の資料収集
 箕面に大きな家が
 池田付属小学校の道標は 後日
 「池田・人と自然の会」 どんな会・活動状況は こちら
  ネーミンがいいですね!
  ヒメボタル保護・再生事業 五月山地域の自然環境の保全事業
     これは 面白い会のようです。

次は これ 
 ***** 横関公園の道標









福西茂氏 池田の遺稿入手 気になる石仏が増える


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